みたいとは?/ マイワン
[ 951] 住みたいところに住める俺
[引用サイト] http://remote.seesaa.net/
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会社でパフォーマンスレビューなるものがあった。大企業から来た人事部長のおかげで、形だけは立派なフォーマットも用意された。前職でも同じようなことやっていた。だが、一年に一回や二回のレビューだと、立てた目標はあっという間に陳腐化している。ましてや現職のように人の出入りが激しい状況だと、同じマネージャーが評価してくれるかも怪しいものである。ともあれ、現職に入社して初めてのレビューだったが、評価の結果、めでたく昇給もあった。なので結果問題ない。が、一点気になる評価があった。Ownership & Responsibilityの項目のところだ。日本の顧客に対して、契約の範囲外についてはNoとはっきりというべき。きたー。「NO」と言える日本か!(いや「NO」と言えるカナダか)うーむ。確かに契約に無い内容にたいして、こちらとしては手弁当で対応する義理はない。だが、日本的にはざっくりとお客様の要求に応え、良好な関係を築く、というプロセスが重要なのだ、とか何度説明しても理解されない。当然、さっさと「No」というほうが余程Ownershipもくそもなくて気楽でいい。そうすれば、プロジェクトが吹っ飛ぶか、そこまで行かなくても次が無くなるであろう。このあたり、何とか間で吸収していこうと努力しているつもりなのだが。これが上司の不満とは..やるせないぜ。やっぱりここは理解されない壁なのだろうか。次転職するときは、日本企業と縁の無い会社にしたい... この3連休猛烈に忙しかった。何が忙しいかったかというと家事である。普段在宅勤務の妻に家事は頼りがちであるのだが、ここのところ急ぎの仕事が入ってその対応で忙しい。よって週末は家事と子供の相手を100%私がすることとなったのだ。一日目は久しぶりの料理などで張り切ってこなした。まあ、何とかなるかなーといった感じであった。妻に「家事も大変でしょう?」と聞かれても「まあ、何とかなるよ」とか言う余裕もあった。しかし立ち仕事が多いので足が疲れる。二日目は子供二人連れての買出し。さならが店内を走り回る小動物二匹。娘1「トイレー」。娘2「のど渇いたー。」娘1「あれほしいー。」代わる代わるの攻撃である。いつもなら家族四人だから一人ずつ対応すればいいので、まだましなのだが、二人同時攻撃は厳しい。三日目。なんだか、ずっとご飯のこと考えてる。合間に子供の相手、そして洗濯。定期的に発せられる子供の叫び声と、コップを割る音などの異常音。うーむ。眩暈が..料理も佳境に入ってきて、最も忙しいときになって、娘「これ作りたいけど、どうやっていいのかわかんないっ。ねー。」私「今ご飯作っているのわかるだろう。後にしろ。ご飯いらないのか?」娘「ご飯もいるけど、これも作りたいのっ!ねーっ!」私「....」やっとの思いで食事を用意したところ、妻「食事の用意してくれてありがとう」とか笑顔でいいながら、一口しか食べてないぞ、そのチキン。失礼な、と思って食ってみると、ゴムのように硬い。うーむ。昼の焼ビーフンも麺が細切れになって悲惨だったし。毎日こんな調子で、その上仕事もこなしている妻よ、お前はすごい。もう感謝感謝である。もうちょっとまめに料理して腕を上げねばと思った3連休なのであった。しかし、金曜と日曜は中国人経営の店以外、ほとんど閉まっていた。そんな休暇に働きまくる我々夫婦も、やっぱアジア人ってことですなあ。 上の娘の小学校での順応力には驚くものがある。日本の幼稚園では、人の後から付いて行くようなタイプで、何か聞かれてももじもじしていて、頼りない感じであった。しっかりものの同級生の友達に、子分のようにあしらわれていた。これを見ていて、「うーむ。どこにでもいそうな頼りないオットリした人間に育ちそうだなあ。」と思っていた。そんなタイプなので、英語も出来ない環境に放り込まれて、「学校に行くのはいや」、とか言い出すのではないかという心配もあった。しかし、娘の話を聞いていると、言葉も通じないのにどんどん積極的に手を上げて色々挑戦しているらしい。朝礼なんかで一人がカナダの国旗をもって、周りで生徒がカナダ国歌を歌うというようなときも、自分からやらせて貰っているらしい。そんな恥ずかしいこと、俺にはとても出来ないぜ..彼女はそんなことできるタイプじゃなかったのだが。そんな彼女が春休みには、近所の子供向けの料理教室に参加したいというので、入れてみた。毎日違う料理を持って帰ってきてくれて、嬉しそうに話を聞かせてくれる。全然知らない子供ばかりなのに「またたくさん友達できたよ!」と嬉しそうだ。真ん中でえらそうに日本の国旗を持って座っているし。すっかり物怖じしないタイプである。こちらで子育てしている日本人のお母さんに聞いた話だと、学校では徹底的に、その子のいいところを探し出して、それを伸ばそうとするという教育方針があるらしい。そのおかげで彼女も自信をつけていったのかもしれない。言葉もろくにしゃべれない人間にたった半年ほどで、自信をつけさて、やる気にさせるというのは何気にすごいことであろう。勿論どんな教育方法でもうまく行かない場合もあるだろうし、もう少し大きくなると、差別やいじめなんかも出てくるかもしれないので、手放しには喜べないが、なんと言うか、今後の世の中で必要な人材をどうやって育てるのか、という観点で考えると、これは思っていたよりずっと彼女にとっていい経験かもしれない、と思うようになってきた。今後の展開が楽しみである。 ハコフグマンさんのこのエントリーは身につまされる。産業のコメともいわれる半導体。その物性の研究において日本は世界のトップを走ってきた。しかし、こうした分野はあと10年もしないうちに、中国やインドに追い抜かされるだろうということだ。次第に国内では人気も無くなり、若い人材も集まらなくなってきた。私も大学では物性物理を研究していた。研究は地味なデータ収集の繰り返しであったし、体に悪そうな怪しい薬品も使うし、男ばっかりだし。会社に入れば少しは華やかなことが出来るかと期待したのであったが、配属先は半導体のプロセスであり、ほぼ同じであった。むしろ大学と違って一切の理屈ぬきで、歩留まり重視なのであった。材料メーカーから材料を買って、ひたすらデータをとり、結果を材料メーカーにわたす。装置メーカーの装置を評価し、歩留まりが少しでもよくなるように装置を動かす。そこは理屈よりも職人の勘みたいな世界であった。当時は、この自分のやっていることの本質が把握できない、全体像が見渡せないことが不安で仕方なかった。「賽の河原の石積み」ともいえるようなこの作業に進んで若者(ただでさえ少子化で希少価値の上がっている)が入ろうとするはずがない。そうそう。まさにそんな感じであった。で、それよりも自分の作ったものが、目の前ですぐに結果としてわかるソフトウェア開発のほうが面白くなっていったのであった。だが、これまで日本が積み上げてきた基礎科学のノウハウまでそう簡単に真似することはできない。セレンディピティという言葉も一時流行ったが、ブレークスルーというのは偶然生まれるものではない。最後には第六感のようなものが重要だが、そこに至るプロセスにおいては、これまでの研究の積み上げがもたらす膨大な知の集積が、必ず勝負を分けるという。半導体などの技術開発レベルは世間一般が思っているより、日本はそうとう高いレベルにある。しかし、今思えば、基礎科学に限らず、プロセス、歩留まり向上のためのノウハウは、実は相当奥が深い。よくわからんが、こっちからこういう角度で塗布するといい、とか湿度何パーセントが肝とか、そういうノウハウの蓄積なのである。まあ、装置メーカーはメーカーから得たそのノウハウを次世代に盛り込んでしまうので、海外のメーカーでも金出せば手に入ったりもしてしまうのだが。膨大な知の集積を理解することが前提の現代の科学においては、その知識の山から逃げてはいけない。これから10年の間に、中国とインドの猛追を振り切るだけの成果を日本の科学が上げられるかどうか。それは今、20代30代の若手のがんばりにかかっているし、それだけの潜在能力は日本人にある。今こそ、若手の研究者を厳しく大事に育てていかなければいけない勝負所なのだそうだ。潜在能力はあるが、その苦労に対する費用対効果こそが問題であろう。給料だけでなく、たとえば測定装置を使うのに徹夜しないといけないとか、自動化できる測定を入社していきなり一日中、毎日毎日やらせるとか、そういう扱いを受けたエンジニア(私)としては、「今まで大学で研究してきたことはなんだったんだ?」「エンジニアって何?」とかなってはやる気もうせる。しかも真面目に地道に生きても、こうした技術者が40代半ばになればリストラに遭うという過酷な現実も90年代後半に見てしまった。ましてや半導体の集積化は私がやっていた10年以上前からもう限界だといわれ続けている。そんな世界に今から果敢にチャレンジするのは相当勇気の居ることであろう。理科系においてもコモデティ化していく基礎科学分野から若者は逃げ出している。だが、先生が言うには、最後にはこうした学問的な積み重ねから逃げていては決して大きな仕事はできない。ただ、コモデティ化していく分野というのは逆に言うと、世界中でリソースとしてニーズがあるということの裏返しでもある。まだまだ先を行く日本で得られる技術と経験を武器にして、必要とされるところで生きていくというオプションもありかと思う。逆説的だが、そういう流出を食い止めることで理系の地位向上につながるのではないだろうか。などと、出て行ったくせに偉そうに言ってみたりする。 日本で言ういろいろな科目が一緒くたのカナダの小学校の授業であるが、理科と工作も一緒に学ぶようである。「自宅で使った缶やパッケージを子供に持たせてください。どういうものが浮いて、どういうものが沈むのかを実験させます。」というレターが学校から来た。空き缶やら、シリアルの空き箱、ペットボトルなど、を持たせた。一通り、実験をしてから、子供たちに船を作れという。勿論船を浮かせたい子供たちは、それぞれの実験で浮いた材料をおのおの工夫して、船を作る、という流れである。なるほど。単純に実験するだけでなくて、そこで得た知識を元に、ものを作らせるというのは、能動的である。家に持って帰ってきた娘は嬉しそうに説明してくれた。娘「このね、楽天号に旗を立てたんだよ!」(また渋い名前をつけるな、娘よ)私「この船、楽天号っていうのか?」娘「違うよ、ラクテンゴーだよ。」私「楽天号だろ?」妻「Rectangle。レクタングルでしょ。」私「...... こ、こら、家では日本語で話しなさい。長方形だろ!(逆切れ気味)」うーむ。どういう脳内変換してるんだ、俺。Rectangleの発音は楽天号ってことで覚えておきましょう。(涙) カナダの小学校の低学年では教科書が無い。どんな風に授業を進めているのかというと、こういうプリントを配って課題をこなしているようである。興味深いのは、日本で言う時間割というものが曖昧ということである。今から、国語、算数、図工、というように単位ごとに区分けされているわけではないようだ。先のプリントを見ると、まず英文を読ませているが、出てくる単語の数をカウントさせている。で、話の内容を絵に描かせている。なるほど、文章の読解力も絵を見れば、ある程度わかるというものだ。子供にしてみれば、単に文章を読む、という授業は考えただけでウンザリであるが、絵を描く、となると俄然張り切る、ということなのであろう。ほかにも、足し算の結果で色を塗り分けたり、紙の雪だるまを実際に作りながら、その作り方を書いていくなどである。こうした教材も、それぞれの先生の工夫なのである。一クラス20人程度までで、アシスタントの先生も付くという。なかなか興味深い。 ニュースによるとカナダ名門のWaterloo大学にビルゲイツがきたらしい。ITエンジニアが不足するアメリカにぜひ来てと訴えていった。数ヶ月前にも自分の財団から同大学の特にレベルの高い数学、コンピュータの教育機関へ$12.5 millionの寄付をしていた。今の会社にもここ出身のエンジニアがいるが、確かに優秀な人だ。日本の大学には寄付してくれないんでしょうなあ。エンジニア不足の今なら、日本の情報系の学生にとってもアメリカで働くチャンスなのかも。海外で働くといえば、カナダ人にも辛い日本の労働環境にいただいたコメントについて。カナダには人種差別や偏見はあまり無いのでしょうか・・?カナダ全体ではどうかわかりませんが、これまでの経験ではオタワは少ないですね。今まで行った国、地域の中でもかなり少ないと感じます。アメリカよりも。北欧並みな感じです。・そんなリスクをとるなんて馬鹿じゃない?給与どう考えても減るだろ?普通にいくと、給料は上がると思います。エンジニアの待遇は日本よりは上かと。・日本みたいにインフラが整ってる国海外じゃないぞ?不便でなにもできないぞ?(保険とか特に!)インフラもいろいろありますが、慢性的な満員の通勤電車とか車の渋滞とか、有料の道路、駐車場はどうなんでしょうね。住宅も断然安いですし。医療保険も問題ないです。そんなわけで個人的には、こちらのインフラのほうが快適です。・空気読めないやつ一人で相当イライラしてるのに、その巣窟にいきたいってのか?全員空気読めないので問題ないです。というか、そういう共通の”空気”が存在しないので期待しません。ちゃんと話し合うしかない世界ってことでしょうか。 日本に出張しているカナダ人の同僚とチャットしていたときのことだ。同僚「それにしても、お前はよくこんな環境で仕事していたな。」彼は日本の顧客とのミーティングや開発作業を夜遅くまでこなし、疲れきっていた。顧客からのひどいプレッシャーのなかで長時間の作業を強いられている状況だ。私「すごい大変だろう?日本じゃそれが普通なんだよ。10年以上私もそんな感じでやってきたからな」同僚「俺なんて、一日でも、もうだめだよ。頭の中が痒くなってきた。」私「それがいやだから、カナダに移住したんだ。」同僚「I don't blame you.(分かるよ)」私「日本人の自殺率はOECDの国の中でもトップレベルなんだ。想像できるだろ。」同僚「これじゃあ、そうなるよ。彼ら(顧客)もこのプロジェクトで自殺してほしいよ。」こらこら。そりゃ言い過ぎだぞ。これは相当つらい思いをしているようだなあ。言葉とか、文化の問題はあるにせよ、彼にしてみれば日本人の働き方は苦痛でしかないし、理解できないであろう。一方で移住してきた私にしてみれば、言葉と文化の問題はあるが、こちらの働き方は快適である。そう考えると日本でエンジニアとしてやっていけている人たちであればこちらの会社でも十分やっていけるということだ。逆は成り立たないが。なのにどうして、もっと日本のエンジニアが外に出て行こうとしないのだろうか。我慢強すぎなのか。それとも仕事以外の部分で日本が好きで好きでたまらないのか。 今日会社のお偉いさんに呼ばれた。お偉いさん「仕事のほうはどう?移住してきて新しいことばっかりで大変だろうけどね。」私「おかげさまで、だいぶこっちの環境とか仕事のやり方にも慣れてきました。」お偉いさん「君の上司とはうまく行っている?」私「ええ。まあ、仕事上どうしてもフラストレーションがたまることもありますけど、それはどんな職場でもありますしね。彼のやり方もわかってきたし、大丈夫です。」てな感じで、ああ、なんだ現状確認か、と思って引き上げようとしたときだ。お偉いさん「ああ、それでね、君にストックオプションを追加しようと思ってね。これ読んで問題なかったらサインして人事に渡しておいて」私「え?..ああ、そうですか。ありがとうございます。じゃあ書類読んでおきます。」うーむ。ストックオプション自体会社の業績によって紙くずにもなりうるから、単純に大喜び出来るものでもないが、こちらに来てからの仕事をある程度評価してもらえているということがわかったののは嬉しかった。出入りの激しいベンチャーならではの人の引きとめ方法なのであるなあ。永住権取れるまでは辞めませんけどね。 |
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