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勿体ないとは?/ マイワン

[ 1176] 宗教朝礼より
[引用サイト]  http://www.fujiseishin-jh.ed.jp/religionbroadcast/contents/SC54.html

中高生の皆さんの年代で、普段聞いている曲とは少しジャンルが異なると思います。私も、さだまさしさんの曲をじっくりと聴いたのは初めてでした。どこかやわらかく、のんびり穏やかなメロディーと、語りかけるように歌われるこの曲に私が出会ったのは、彼が8月6日に長崎で行った「2005
夏 長崎から」というコンサートの収録をテレビで何気なく見たときでした。8月6日といえば、広島の原爆記念日です。今年は戦後60年という節目の年ということもあり、例年に増してテレビ等で“戦争”や“平和”について取り上げられていたように思います。私も意識的にテレビや新聞を見て、この夏を過ごしてきました。長崎出身のさだまさしさんは、1987年から広島原爆忌の8月6日に、出身地の長崎で平和のメッセージを送るコンサートを開いていて、今年で19回目を迎えたのだそうです。そのコンサートの中で歌われた曲が、今流れているこの「MOTTAINAI」という曲です。この曲は、昨年アフリカの女性として初めてノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんが提唱するMOTTAINAIキャンペーンに賛同して作られた曲です。このキャンペーンは、ものの豊富な今の暮らしの様々な場面において「勿体なさ」を感じていたマータイさんが、日本語の「勿体ない」という言葉に強く共感して、この言葉を世界共通語にしようと始められたものです。
「勿体ない」という言葉の意味を皆さんは厳密に理解できていますか?賞味期限の切れてしまった食べ物に対して、着る事のなくなった洋服に対して、食べ残したご飯に対して・・・毎日の生活の中で何度となく「勿体ない」と感じ、使うことがある言葉だと思います。豊かなものに囲まれている私たちは、もしかしたらこの「勿体ない」という言葉を思いはするものの、実際にはどうすることもなく過ごしているのではないでしょうか?言葉として、この「勿体ない」を調べてみると、その意味は「その物が持っている本来の価値が生かされず誠に惜しい」という「概念」なのだそうです。さだまさしさんは、この曲の中で、たくさんの「MOTTAINAI」について歌っています。食べ物を残しても胸が痛まなくなったこと、まだ使えるのに捨てるものが増えていることについてMOTTAINAIと歌っています。また、自由な時代に生まれてきてどんな風に生きても勝手だと主張し、働けるのに働かない人が事実存在すること、そして自分さえ良ければいいだろうと判断するのは自由ではなく利己主義であるということを誰にも教えられなかった人がいること、親が自分を愛してくれているのに、その思いに気付けないこと、人に愛してほしいと思うのであったら自分が誰かを愛すること・・・そうすれば本当は自分が愛に囲まれていることに気が付くこと、そして平和な時代に生まれてきた私たちが、どれほど平和が素晴らしいことなのか気付くことが出来ないから、この毎日に「ありがとう」という言葉を忘れてしまっていること、誰かの犠牲の上にある日々の平和がどれほど尊いか、どれほど大切か誰も教えてくれなかったこと、物質的な事だけではなく 気持ちの上での「MOTTAINAI」もそこには含まれているのです。これまで私の中では「勿体ない」という言葉が食べ物や身近な日用品のような物質的なものにばかり向けられていましたが、この歌詞を知り「勿体ない」という言葉の幅広さと意味の深さに気付かされました。彼の歌の中の「勿体ない」は物質的なことよりも、その言葉の奥にあるもう一つの心の働きについて歌っているのです。それはつきつめて考えていくと「感謝」だという事にやっと気付けたと、さだまさしさんは記しています。「物に囲まれること自体は罪でも恥でもないけれど、それを無駄にして、しかも感謝を忘れていることが恥ずかしく無念でMOTTAINAIことなのだ」「感謝することできっとその思いや扱いは変わるだろう」とも記されていました。
終戦から今日までの60年間に私たちの国が実際に巻き込まれた戦争はありませんでしたが、日本もかつて戦争で多くの人が犠牲となっている国だという事実があります。その人たちの犠牲の上に、今の平和があること、こう考えると日々の生活の中のほんのささやかな喜びや出来事に対する思いや扱い、そして感謝する心を持つことは、とても意味のあることでなのではないか、と感じました。“戦争”や“平和”この言葉や意味を考えると、とても大きなことで難しいように思います。この曲に出会えたことで、さださんの歌詞が私たちに語りかけてくれているような1人1人の“思い”や“願い”という目に見えないことも、平和への第一歩となり、今の私にもできることのように思えました。
19年間行ってきているコンサートの中で、ずっと伝えてきた言葉がさださんにはあると言います。それは、「このコンサートの間中にほんの僅かな時間で良いからあなたの大切な人の笑顔を思い浮かべてほしい」「そしてその笑顔を護るためにあなたに何ができるかを考えませんか?それこそが、あなたの平和への第一歩なのです。」これが音楽という仕事に携わる彼なりの平和維持活動なのだそうです。
私は夏に出会ったこの曲の歌詞と、マータイさんの活動で生まれたMOTTAINAIという言葉から平和について、また目に見えない“感謝すること”“願い”や“思い”という言葉と、自分自身のまわりのことを少し感じとれる機会を得たように思います。
昨日からK2は祈りの会に出かけました。そして明日、明後日と皆さんはそれぞれの場所で祈りの会に参加します。皆さんにとって「勿体ない」とはどういうことでしょうか?皆さんにとって平和とはなんでしょうか?祈りの会という時間を与えられたこの機会に、ぜひ考えてみてほしいと思います。

 

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