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[ 1369] 新人の面倒を見る羽目になった人向けの本リスト:前編 - I 慣性という名の惰性 I
[引用サイト]  http://d.hatena.ne.jp/ryozo18/20080315/1205594324

先のエントリーのはてブコメントで「社会人向けに勧める本はないのかよ」とか「you、本で荒稼ぎしちゃいなYO!」いうリクエストをいただいたので二匹目のどじょうを狙って書いてみる。
今回対象とするのは「新人の面倒を見る羽目になった社会人」の人たち。まあ社会人2年目以降はほぼ全員にこのタスクが割り振られるリスクがあるんだが、なぜか企業が社員向けにこのへんの研修をやっているという話は聞かない。かなり重要なタスクだと思うんだけどなあ、ということで書いてみる。相当程度自戒と反省の念を込めて。
と思って書いてたら激烈に長くなったので前・中・後編に分けることにした。あと「本の数が大杉だろJK」ともいわれたので1エントリあたりの紹介数も抑えてみた。ついでに「ハードカバーが多くて大変です><」とも言われたので新書・文庫を多めに紹介している。
人間とはすぐにその環境になじむ生き物だなあと思う。そしてこの能力があるおかげで、ほぼすべての「先輩」が陥ってくれるダメなことがある。それは「今やってる仕事はできて当たり前」だと思い込んでしまうということ。言い換えれば「自分が新人だったころの経験をころっと忘れている」ということ。
初心忘れるべからずとかいうけど、こんなのできるはずはない。「なんでわからないの?/できないの?」という心の声が聞こえたことがある人は(僕もそうだ)初心なんてもう忘れているってことをまずは認めよう。
例えば、親切な先輩が「新人」にコピーを取る方法を教えるとしよう。一通りの手順をまずは教えるだろう。実際に目の前でやってみせることもあるかもしれない。「じゃ、やって」と言って任せてみるとまずできない。ええええええと思ってもう一回説明するだろう。相手も「わかりました」と言ってくれるだろう。あなたは安心して席に戻る。が、彼/彼女は5分は戻ってこない。忘れたころに「・・・すいません、あの・・・」と言いながら大量の失敗コピーを抱えて戻ってくる。そしてあなたは多分こういうだろう。
なぜなら「今まで一度もコピーを取ったことのない人間」なんていない(そんな学生が試験をクリアして卒業できると思う?)。彼/彼女は本当はコピーなんて簡単にできる人間だ。なのに失敗するのはなぜか?ここを考えない限りあなたの下についた彼/彼女はずっとあなたの足を引っ張ってくれる存在になるだろう。「なんでこんなこともできないんだ」「なんでもっとわかるように教えてくれないんだ」とお互い不毛なストレスを感じながら。
なぜこういう不幸なことになっちゃうのか。それは、あなたの教え方が悪いからだ。断言できる。より分解して言えば、最初に教えた「あなたのやり方」が、あまりに理解不能で理不尽なやり方だから「新人」は理解できないんだ。そして新入社員の彼/彼女は、ありえないくらい理解不能なその手順を再現しようとして混乱して結局失敗しちゃってるんだ。
この両者の間で決定的に違う点は、前者は「手順を教えた」のに対して、後者は「求める結果を明確にした」というところだ。これが何を意味するか。それは「物事には複数のやり方がある」という単純な事実の認識の有無だ。
最初のケースの親切な「先輩」は何を求めているんだろうか?自分と全く同じ手順でコピーをとること?そうじゃないだろう。僕らが欲しいのはアウトプットだ。そしてアウトプットが求められる時間内にあがってくればやり方なんてどうでもいいはずだ。もし、時間内にアウトプットがあがってこないときになって初めて、あなたに「新人の手順に口を出す権利」が与えられるのだ。
でも日本の会社の「先輩」たちはなぜか逐一「手順」を教え込もうとする。自動車の免許を取るときに教官にこういわれて腹がたった経験はないだろうか?
「乗り込んだら、まずはキーロック、そして座席の調節、バックミラーの調節と確認、シートベルトをつける、もう一度前後左右の確認、シフトレバーがニュートラルになってるか、ブレーキペダルを踏んでからエンジン始動。ああ違う違う、先にキーロック。シートベルトはそれから!」
これらの動作は止まってるときにやらないと危ないからね。それらが終わって初めてエンジン始動ね。エンジンをかける際には急発進などの誤動作が起きる可能性があるのでそれに対するケアも忘れずに。
この「求めるアウトプットを示す」「そのために必要な道具・知識がなければ教える」という考え方にたどり着いたのは実はつい最近だ。そのきっかけになってくれたのがこれ。
僕はこの本で今まで間違った教え方をしていたということにおもいっきり気づかされた。この本で頭を殴られたような衝撃を受けたのが、アフォーダンスと数学の関係に触れた部分。
「アフォーダンス」とは、(略)例えば、人間やある種の動物が水中を泳げるのは、それらが「泳ぐ」という能力を自分の内部に開発するからではなく、そもそも水そのものに「泳げる」という情報が内在・実在しているからだ、と主張するわけなのだ。(p.33)
同書には「教師や教科書が強制する一つのやり方・手順になじめずに数学から脱落していく子供」の実例がいくつも出てくる。しかしそこに共通していることは、脱落した子供たちに数学的能力が欠けていたことはない、という事実だ。そして、僕も「あの新人つかえねーな」といっていた後輩がなんとかかんとか持ち直すというのを何度も見ている。なのになぜ今まで気が付かなかったのか。「仕事」ができない人間などいないということに。教え方がまずかっただけだということに。
さて、上では「新人」にやり方を任せるアウトプットドリブンのやり方を書いた。しかし上で書いたケースには重大な嘘がある。それは以下のやり取りをわざと削ったこと。
この質問がないと実はさっきのオファーに新人は手も足もでないだろう。つまり、新人がこの「適切な質問」を返してこないと上のやり方は一瞬で破綻してしまうのだ。そして、このリスクを避けるために先輩たちは事細かに手順を指示したくなる誘惑に負けてしまうのだ。
適切な質問をさせるというのは実はものすごく難しいことだと思う。ある程度の全体像とか流れを知っててもらわないとまったく的外れな質問とかどうでもいい細かい点しか質問してこないとかってことになってしまうからだ。
本来ならこれは質問をする「新人」側に読ませるべき本なんだろうけど、質問を受ける側が読んどいたっていい(読み終わったら新人にあげればいい)。
オバサンの教え方には二つの欠点があるのである。一つは「わかりやすさの押しつけ」であり、残る一つは「生真面目さの押しつけ」である。
オバサンは、自分がふだん当たり前にやっていることを、「いたって簡単なこと」と理解している。そして、自分がふだん当たり前にやっていることを、「神聖なこと」とも理解している。だから、「ほら、簡単でしょ、簡単でしょ」と言うばかりで、わからないでいる人間の頭の構造を理解しないで、「わかりやすさ」の押しつけをする。と同時に、「ほら、もっとちゃんとやって!」と生真面目さを押しつけてしまう。わからないでいる人間がわからないままにウロウロしている状態が、自分のやっていることを「神聖」だと思う人には、「神聖さを愚弄する侮辱行為」と見えてしまうのである。(p.82)強調:ryozo18
たとえば、私の「セーターの本」には、「毛糸なるものをどこで買うのか」ということを教える一項がある。(略)そんなものは、編み物をする人間にとっては常識である。(略)それを「知らない」と言ったら、「そんなことも知らないのか?」と、びっくりされてしまう。そこでびっくりするのが専門家なのだが、しかし、知らない人間はどこまでも知らない。だからこそ「知らない人間」なのである。(p.89)
長々と引用したが、つまりそうゆうこと。われわれ「先輩」は「新人」が「どこまで知らないでいるか」を知ろうとしないことが問題だったのだ。もしくは自分たちが「新人」のときにどれくらい「知らなかったか」を忘れてしまっているのだ。そして今自分がやっている仕事を「神聖」なものと勘違いまでしちゃってる。
まず、上の質問に「Yes」と答えたやつ!それは相手が気を使ってくれてるだけだ!誰かに有効だった説明がほかの誰かにも有効だという保証はない。相手が本当に理解しているかどうか確認したらけっこう寒いぞ。同じ質問をほかの人に聞いてるかもしれないぞ(まあ、それはそれでいいんだが)。相手のどこがわからないのかを理解しないと説明なんてほんとはできない。そして、相手は「自分がなにをわかってないのかがわかってない」存在だということが今までの内容だ。相手から質問が出てこない説明は説明なんかじゃない。態度を改めるように。
そして「No」と答えたやつ!じゃあもうちょっとうまくなろう。この本にはそのための知恵がふんだんに盛り込まれている。え、もう持ってる?じゃああと10回読み返そう。それくらいの価値がある本だと思う。
さて、教え方についてもちょっぴりコツがつかめたようだ。さてじゃあ教えるぜ!という前に、次はこの質問をしてみよう。
よく見る光景として新人を教えてる先輩自身が仕事回らずに破綻しているという微笑ましい状況というのは会社中に転がっている。こんな状況では教えられるほうもはっきりいって迷惑だ。「このやり方まねてたらこの人みたいになっちゃうんでしょ?」と思ってしまった新人が言うことをきいてくれたりするだろうか?
新人が下につくというのは実は自分の仕事の進め方を見直す絶好の機会だ。無駄だろうなあとおもいつつもなんとなく目線が気になって続けてきた作業とか、これほんとはやっといたほうがいい習慣なんだけどめんどくさいからいいかとスルーしてきた習慣とかを考え直すきっかけを与えてくれる。そのためにこの本は最適だと思う。
絵と言ってもこういうのではない。関係性を視覚でわからせるようにするってことね。そのためには自分もちゃんとその仕事の構造を理解してないと絵なんてかけない。書いたところでぐちゃぐちゃとした絵になってしまう。しかし箇条書きとかでごまかせば一見うまく説明したように見える。でもそんなのごまかしだ。
そして、絵といいながら単なる箇条書きとかフローを書いちゃう人もいる。それは絵じゃなくて表だろと。わかりやすい絵を描く。これは結構頭を使う作業だ。でもとても面白い作業でもある。その面白さと具体的なアイデアを示してくれる本といったらこれ以外にないだろう。
日本語訳もあるけど(『マッキンゼー流図解の技術』)個人的には原著の英語のノリのほうが好きだ。「Zen」のページで腹を抱えて笑ったもんだ。さあこれを読んでホワイトボードにじゃんじゃん絵を書き殴ろう!
と、ようやく仕事を教える段階まできた。さて次は会社の組織とかビジネスの進め方とかについて教えなきゃいけない。そのための方法を中・後編で考えることにする。

 

[ 1370] RedRoom2097: 日本の就職システムは面倒過ぎる気もする
[引用サイト]  http://redroom2097.cocolog-nifty.com/redroom2097/2004/11/post_6.html

目下就職活動中の、私の知人が愚痴っていたのですが、「フリーターやらニートやらが増えるのは、日本の就職におけるその過程が面倒過ぎることが原因の一つだ!」と。
その知人はこう続ける。「筆記試験だの、×次面接だのと、ややこし過ぎる。企業は採用の基準と過程をシンプルにするべきだ。また、巷では相変わらず『できる人』が持てはやされる傾向があるが、『当社の仕事は簡単です。誰でもできます。でも給料低いです。』という採用基準を前面に打ち出した企業が皆無なのは一体どういう事だ。楽な仕事であれば薄給でも構わない、と思っている人間は少なくないはずだ。日本の企業は何をしているのだ!」と。
仕事に対する価値観は人の数だけ存在しますが、会社員は仮の姿で本当の職業は吟遊詩人だ、と主張して現実逃避しているおかしな人だっているし(私です)、確かに「当社は定時で帰れます。でも、恐ろしく薄給です。」と大々的に打ち出す会社が存在すれば、そこそこの数の応募は来そうな気がするな。
でも、「フリーターやニートの増加傾向の原因は、就職や転職のシステムの面倒さにある」というのは、さりげなく的を射ているような気もする。例えば、ネット審査オンリーでその人の能力を査定して就職可能にしちゃうシステムなんかが仮にあれば、日本の労働人口は簡単に増えそうな気もするが、どうなんでしょうか。
シンプルな募集のつもりでいても、数人採るつもりのところに、1000人応募が来たら、やっぱり何らかの試験をやろうってことになるでしょう。
してみれば、単純に募集の数より応募の数が多いという状況が問題の原因なのであって、それは不景気からくるものじゃないの?
それに、シンプルな採用条件のところが少ないというのは、その人が高望みしているからだと思うが。職安に行ってみれば、やっすーい給料で、簡単に雇ってくれるところなどいくらでもあるがね。ただそういう、何の技量も要らない、なんの採用条件もない職場や、そこにあつまる人々がどういうものかは、推して知るべし。
今のニートと呼ばれる人はそういう人と一緒には働こうとしないというのも、問題のひとつ。実際は能力も技量もないのに、気位ばかり高くて、分相応をわきまえない。現実と目をあわさずにだらだらすごして、いつか白馬の王子様が自分をりっぱな仕事につけてくれると思っているおめでたいやつが増えている。
現状の就職活動システムで一番問題なのはWebによって簡単に大量の企業に応募できるようになったことだと思いますよ。つまり面倒なんじゃなくて簡略化しすぎたこと。しかも応募者側の情報収集から応募までの手順だけが一方的に簡略化し、採る側は変わっていない。
極端な例ですがリクナビでは職種検索した後に出てきた数十〜数百の企業に「一括応募」なんてふざけた事が出来てしまいます。そこまでいかずとも、多くの人が簡単に手当たり次第に応募できるようになってます。これじゃ企業側は選考に相当無駄な労力を割くことになりますよ。
企業名で選ばず本当にその仕事がしたいと思って来た人は一体誰なのか。採用担当者の人を見る目がよほど優秀か、簡単に見分ける方法でもあればまだいいですが、そうでない現状採用側の負担ばかり増し、自分を良く見せることに長けた人から採られていく事も多いでしょう。
結果、1年や3年での離職者の急増、内定後の辞退の増加の一因になり、他人の就職の機会を一部の人間が奪うという構図が出来ていると感じます。
まぁ、かと言って昔のようにまず自分で会社四季報などで調べてハガキで資料請求して、という方法に戻るというのもどうかと思いますけど。一人あたりの選考にかける時間を増やすくらいしか無いのかな・・・?
聞いたこともない大学出で、何のスペシャリティーも無い人が当たり前のように『就活』というイベントの名の下、一流企業に応募したりする。記念受験かいっ。
企業も無駄な期待や労力かけさせないためにも、はっきり条件を明記するとかさ。そうすると差別っていわれるのかな?
わけわかんない大学も増えて、いわゆる『大卒』が増えてるわけで。さらに間近に来たるべき少子化、大学全入時代・・・。

 

[ 1371] 面倒だから、番号ポータビリティは使わない? − @IT
[引用サイト]  http://www.atmarkit.co.jp/news/200601/11/nri.html

MNPの開始により、電話番号を変えずに携帯電話キャリアを変更できるようになる。従って、従来よりキャリア間の移動が流動的になると予測されており、携帯電話の各キャリアは、「どう11月を乗り切るか」で頭が一杯の状況だという。ただし、北氏は「MNPに向けたキャリア間の戦いはすでに中盤戦に入っている」と分析。各キャリアは、すでにMNPをにらんだ年間割引(年割)、長期割引、家族割引などの囲い込み系サービスを投入し、キャリアを変更するコストの上昇に成功しているという。この点について、北氏は「NTTドコモとAUの月次解約率は0.81%と1.21%で、世界的に見て驚異的に低い数字だ。この中には料金未払いなどの強制解約も含まれることから、意図的な解約はこの半数程度ではないか。年割の加入者は7割といわれており、これらの施策がキャリア変更の敷居を高くするのに成功している」と分析した。
また、携帯電話の機能がPC並みに複雑化し、カスタマイズ機能も豊富になったことから、『自分仕様』へカスタマイズするユーザーが急増。機種変更時に、あらためてカスタマイズしな直さないといけないことから、「機種変更すら面倒くさくなっているユーザーが増えている」(北氏)と指摘。キャリア変更時の手間を面倒に感じるユーザーが増えつつあるとした。
一方、上記の質問に対して「1年以内にキャリアを変更する予定がない」と回答したユーザーに対して、「○○○@docomo.ne.jpといったメールアドレスは変わる」「長期割引・年間割引は引き継げない」「家族割引を利用している場合、自分だけがキャリアを変更すると料金が高くなる可能性がある」「ポイントは引き継げない」「着メロ、着うたフルなどのコンテンツやゲームは継続利用できない」といった5点と、2000〜3000円の手数料がかかることを明記したうえでMNPを利用したいか聞いたところ、ほとんど希望者はいなかったという。北氏は、「例えば、変更手数料を移動後のキャリアが持つことや、長期割引のキャリア間の引き継ぎを認めるなどの施策を行えば、先の5点の問題はクリアできるが、これはカネでユーザーを引っ張るだけの不毛な戦いになる可能性が高いため、NTTドコモなどは行わないだろう」と指摘。低価格による訴求ではなく、サービスやコンテンツ面でユーザーに訴求し、キャリア変更を訴えることが重要だと述べた。
MVNOは、周波数や無線設備を自ら保有せずに、自社ブランドの携帯電話や無線サービスを行う事業者を指す。実際の例では、英国のヴァージン・モバイルがT-mobileのインフラを利用して展開しているケースなどが成功事例として挙げられるという。これは、ブランド力が弱いキャリアと、ブランド力が強くヴァージンレコードなどのコンテンツを保有するヴァージン側の思惑が一致し、Win-Winの関係構築に成功した例だという。
園生氏は、今後日本でMVNOを成功させるためには、「電話料金は安くてもトータルでプラスになる」「データ通信サービスの提供が不可欠」「既存キャリアにできなかった価値の創造」といった、日本独自のビジネスモデルの構築が必須であると指摘。今後の具体的なケースとしては、「データ特化や小企業を対象としたMVNOが有望であるほか、富裕層を囲い込むビジネスモデルなどが生まれる可能性もある」(園生氏)と予測した。

 

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