マイワンのサイトです。
注意  なんと  決して  楽しく  一つひとつ  嬉しい  損害  生年月日  妄想  是非  解約  準備  12月  居住  アニメ  高知  起き  個室  書き  本当に 

みなさんとは?/ マイワン

[ 733] ITmedia PCUPdate:みなさん忘れていやしないか?――愛するトラックボールのよさを改めて考える (1/2)
[引用サイト]  http://plusd.itmedia.co.jp/pcupdate/articles/0409/15/news004.html

最近、新機能搭載の高機能マウスが注目されている。そんな中トラックボールはどうも忘れられているような気がする。そこで、トラックボール愛用派が立ち上がった――「みなさん、トラックボールを忘れてないですか?」と。
3次元ホイール(記事参照)や、センサーにレーザーを使用するモデル(記事参照)、指紋リーダー付きワイヤレス、Bluetooth通信モデル(記事参照)など、最近高機能・多機能マウスに注目が集まっているようだが、ちょっと待て。トラックボール愛用派のことを忘れてはいやしないか?
ある日編集部に行くと、ロジクール製トラックボールの現行全モデルが置いてあった。マウス新製品がリリースされたり、それに関するレビュー記事などが載るたびに、編集部に根拠のない文句を言い続けてきたトラックボール愛用派の筆者に、ならばトラックボールの何がいいのかを書いてみろというのだ。
さてロジクールの場合、現行モデルがたった4種類。ポインティングデバイス市場にてライバルとなるマイクロソフトもトラックボール製品をリリースしているが、こちらはもっと少なく、現行モデルは2種類のみ。両メーカーとも現在ではややマイナーな存在となってしまったように感じられる。
マウスに比べてラインアップが貧弱なトラックボールだが、現在主流となっている光学式マウスの基礎となっているのが、実はロジクールのトラックボールである「TrachMan」なのである。
年季の入り具合は塗装の剥げでお察しいただきたい(左)。なおシルバー塗装は剥げるのでやめて欲しいというのがホンネ
上記の通り、3年ほど使い込んでも操作性にはまったく衰えを見せないのがロジクール製トラックボールのよいところだ。
これは、トラックボールの支え部分がライバル製品と違うところにある。トラックボール製品は、そのボールを三つのボールペンの先のような細い球体で支える仕組みとなっているわけだが、他社のよくあるトラックボール製品の場合、この球が鉄製のものもある。であれば、次第にすり減ってくる。すり減ればガタツキが出て、ボールの回転も渋くなり「そろそろ買い換えるか……」となってしまう。その時にマウスに心変わりしてしまうユーザーも多いことだろう。
ルビーを含むアルミナ(酸化アルミニウム)はモース硬度「9」と、ダイヤモンドに次いで硬い「石」だ。ちなみに、高級機械式時計などには軸受けにルビーが使われていることからも、経年使用においても磨耗しにくい素材であることが分かる。
蛇足だが、かつては「100石時計」などといって、その時計にどれだけの数の石があるかということを示すことで高級感を表現していたそうだ(といっても、1時、2時部分などの文字盤上や、ケースを開けないと見えないようなところなど、ほとんどが装飾用。平たく言うと見栄なのだが)。それになぞると、TrackManは「3石トラックボール」ということになる。どうでもいいが。
しばらく使っていると、ボールに付いた手の脂と埃が、球の周りに詰まって動きが渋くなることもあるが、ボール式マウスのように「びっしりこびりつく」といったものではない。ボールを外してちょいと拭けば元通りだ。
対して、光学式マウスはそもそもボールがないので、埃を巻き込んで動きが悪くなるといったことはない。ただし、底面の滑りをよくするシリコン部分が机との摩擦によりどうしても磨耗し、そして汚れる。このため本体そのものの動きが悪くなる。筆者が別途使用しているマウスは、テフロンシールを別途調達して貼ったりしているが、所詮応急処置である。今、これを読んでいるマウスユーザーは一度マウスの裏を見てみてほしい。ほら、汚れているでしょう?
この酷使し続けているCT-64UPi、ホイールやスイッチの耐久性もそこそこで、現在も衰えはない。もっともクリックのスイッチは、どの製品でもマイクロスイッチが使われているため、数年程度の使用であればめったなことでは壊れることはないだろうが、逆に外装ボタン部の、そのスイッチを押すプラスチック部分が折れたりすり減ってしまうことが多いのである。

 

[ 734] とんねるずのみなさんのおかげです - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8B%E3%81%9A%E3%81%AE%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%92%E3%81%A7%E3%81%99

番組名はこの番組の誕生のきっかけだった『火曜ワイドスペシャル』のとんねるず起用を決定した日枝久の名を冠して『ヒエダさんのおかげです』にしようと、とんねるずが提案したが、スタッフの反対により『みなさんのおかげです』に落ち着いた。
レギュラー番組に昇格した1988年10月からはコントがメインの番組としてはまだ当時珍しかったステレオ放送で放映された。当時はドラマコントがメインの番組構成で番組後半にゲストの歌を1曲流すなどの放送内容が中心であり、音声の臨場感を伝える役割を果たしていた。この体制は後番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』に至るまで続けられた。
1990年4月から同年9月までにかけてはとんねるずが日本テレビ系ドラマ『火の用心』の出演に専念するため一旦打ち切り、『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば』が代わりに放送され、ドラマ収録終了後の10月に番組が復活した。
他に1994年4月から9月までに『ラスタとんねるず'94』、1997年4月から7月までに『とんねるずの本汁でしょう!!』が放送された。石橋貴明によれば、どちらも番組のプロデューサー石田弘の糖尿病療養期間のつなぎ番組だとネタにされているが『ラスタとんねるず'94』の方は表向きの理由であり、放送の裏には宜保タカ子のロケで富士山麓の天然記念物生息地(氷穴)を爆薬などで荒らし、撮影セットのゴミを不法投棄した事が問題となり、当時、ニュース報道され、スタッフが処分されて番組も半年間収録が出来なくなったというのが実情である。
その後、フジテレビお台場社屋移転後の1997年7月から『とんねるずのみなさんのおかげでした』としてリニューアル。コントなしでゲストの嫌いな食べ物を見抜く『新・食わず嫌い王決定戦』のコーナーが人気になっている。
コントに登場する名物キャラクターは他のバラエティ番組の追随を許さなかった。チェッカーズや宮沢りえなど、当時一世を風靡した豪華なゲストも毎週出演していた。
木曜夜9時という当時は子供向けではない時間帯の番組だったが、「仮面ノリダー」を中心に子供に絶大的な人気を誇っていた。しかし、現在では深夜番組でも放映が難しいような下ネタも多かったが逆に子供に受けしたのも事実である。石橋が女性ゲストにキスや、押し倒したり添い寝をしたり、口に入れたおかゆを垂らしたり、赤ちゃんのおしゃぶりやイチゴなど口にさせて取り上げて自分の口に入れ「・・・おいし〜い!」と至福の表情で言うなどといったセクハラギャグや「コンコンコーン」、「オナラじゃないのよ、ちょっと空気が入っただけ」などで、ノリダー人気から家族単位で見ていた茶の間の親を凍りつかせて苦情もしばしば。宮沢りえ、観月ありさ、ともさかりえなどを、まだ知名度が高くない時代に抜擢したことで登竜門的存在でもあったのだが、松嶋菜々子においてはあまりにもエロスな言葉を言わせるそれがかなり問題視され、松嶋サイドも近未来警察072の出演には全く触れずお蔵入り的扱いになっている(松嶋は収録終了後、涙を流していたとの逸話もある)。また石橋が放送禁止用語をアドリブで発しピー音が付くのも晩年では茶飯事であった。子供への絶大的な人気を受けコロコロコミックなどでも特集記事が組まれたりしていたが、下ネタギャグに関してはほとんど触れられていなかった。
晩年は楽屋落ちがあまりに多くあまり作り込んでいない印象を受けたが木梨がTRFの振り付けの物真似をした際には本番の数時間前にスタジオ入りし多忙の中練習に励む等真剣にやるべき演出は決して手を抜かない一面も持ち続けていた。
○○によくある風景(下記「ノリ男」「ノリコ」シリーズなど、多くのコントのタイトルに使用されていた定型文)
保毛尾田保毛男物語(岸田今日子、小林昭二も出演し、岸田の登場シーンだけは『傷だらけの天使』のパロディ)
近未来警察072(無名時代の松嶋菜々子がナナ隊員として卑猥な言葉を連発して(させられて)いた。このオーディションの最終選考に残った2人のうちのもう一人が、遠峯ありさ時代の華原朋美であり、背丈を理由に松嶋菜々子が選ばれたことも後に明かされている)1994年11月3日開始。1995年3月まではほぼ2週に1回の割合で放送されていたが、後に松嶋がNHKの連続ドラマ「ひまわり」に出演する事が決定したため、完璧な最終回が作られずに終了した。なお、ボス役(ブラック・ダダーン)はアジャ・コングがやる予定であった。
デビルタカマン(顔が似ているという理由だけで小野みゆきにデビルマンの格好をさせ、顔を緑色に塗りつけた)
サンバーダード(『サンダーバード』のパロディ。生身の人間が人形劇のように動いて演じるコントで、清水アキラが出演。オチは自爆するか、救助先でより甚大な被害を与えて逃げるかのどちらかがお決まりのパターンであった。またザ・ワイルドワンズの鳥塚しげきがぺネロープ号の運転手アロイシャス・パーカーに似ていることからゲスト出演し、運転中に代表曲でもある「想い出の渚」を歌ったこともある)
ロックンロール最高物語(女の子にモテるために、田舎のヤンキー4人組(石橋・木梨・徳永善也・鶴久政治)がバンド「矢島工務店」を結成し武道館デビューを目指すサクセスストーリー。ライバルとしてB21スペシャルが出演。発表作「みちのく」「ホテル」のCD化が待ち望まれる)
探偵物語'93 - 『探偵物語』のパロディ。予告までパロッた。事件が必ずフジテレビ内で発生。被害者、犯人が全員スタッフという展開。最終的に全員いなくなったため終了した、中年者層向けコント(当時は本家の再放送も無かったため、子供は全く置いてけぼりだった)。
それいけマサカズ!(石橋による田村正和のモノマネ(『ニューヨーク恋物語』をメインにしていた)。本人はふざけた内容に激怒したらしい。なお石橋と田村は1998年のフジテレビドラマ『じんべえ』の収録中に初対面を果たした。また田村が出演していた東芝のテレビ「バズーカ」のCMのパロディもあったが、後にとんねるず自身が「バズーカ」のCMに出演している)
ちょっと北の国から(『北の国から』のパロディ。これでオリジナルの宣伝をしてくれたという理由で、倉本聡はドラマ『火の用心』の主役にとんねるずを選んだといわれる)
ちょっと聞いてヨ!おもいッきりノリ電話(『おもいッきりテレビ』の1コーナー「ちょっと聞いてヨ!おもいッきり生電話」のパロディ、みのもんた本人がゲスト出演して話題を呼ぶ。その後消滅したが、2006年11月2日の『おかげでした』で復活した)
演歌のあぜ道(『演歌の花道』(テレビ東京系)のパロディ。本物の「演歌の花道」の如く、凝ったセットと情感あふれるナレーションに続き唄いだした途端、頭にタライが降ってくる・・・)
トヨタ・セリカ - 石橋がエディ・マーフィーのモノマネをする。セリカではなく番組スポンサーであるスズキのカルタスに乗っていた。
ミュージカルフェア(「ミュージックフェア」のパロディ。石橋か木梨が二役の異なるものまねで異なる歌を2曲同時に歌う。音声は立ち位置に合わせて左右から分かれて流されていた。司会は当時の本家と同じ古手川祐子→鈴木杏樹であった)
新・巨人の星(『巨人の星』のパロディ。アニメと実写の合成であった。本家に同名の続編が存在するが、当然まったく無関係である)
メリケンキッズ(『早見優のアメリカンキッズ』のパロディ。観月ありさの参加によるもので、観月が「アリーサ」、木梨が「ノリノリ」、石橋が「イエダニー教授」に扮し、英語ではなくヤンキー (不良少年)についての解説コーナーであった)
ゴウゴウガール(『ウゴウゴルーガ』のパロディ。ただし『ウゴウゴルーガ』の元ネタとなった言葉はゴウゴウ(ゴーゴー)ガールとされている、このコントにも「メリケンキッズ」同様観月出演によるもの)
春は、来ない→春一番 - 名前だけ『春よ、来い』(NHK)のパロディ。憲武が冴えない文房具店の店員を演じるドラマとコントの中間のようなコント、途中からヒロイン役で片桐はいりが出演しタイトルが春一番に変更された。このコントの放送中だけは本家同様時刻表示が入っていた。
おっぺたせ!ケッペタン - 木梨と腹話術人形によるシュールなやり取り(例:人形「僕、ワカメスープ飲んだんだ」木梨「なんで、ワカメスープを飲んだの?」人形「……スープなら何でも良かったんだ(ボソッと)」)。オープニングは子ども番組ふう。
伊東四朗・小松政夫が出演するコント - シリーズ化されていないが、石橋、木梨共に『みごろ!食べごろ!笑いごろ!』で育った世代で随所に当時のギャグを入れる。ちょっと番組を私物化したコント。
当初は先述の「ポッキンキン」の中のワンコーナーだったのだが、やがて一本立ちした。様々なゲームや競技にチャレンジする。ゲストとして小泉今日子や野茂英雄、YMOも出演。
モジモジ君が文字を作る時、お姉さんがひらがなの一文字を出して、「○○の○」と頭にひらがな1文字がつく言葉をおねえさん(渡辺満里奈)、モジ男、モジ三の順番に言い、モジモジ君が文字を作る。この時にモジ男が放送禁止用語をいう事があった。後に文字を作る場面がカットされ、すぐにゲームや競技にチャレンジするコーナーから始まった。終わる時は「バーイ、サンキュー」と終わる。
人間離れした技を持つ人のコンテスト。審査員には別所毅彦、土橋正幸、大杉勝男など何故かプロ野球解説者が任されていた。
赤と黒に分かれた電気椅子のスイッチやゴムパッチンのゴム、パネル(片方は鉄板が仕込まれて、突き破れない)など、様々な2択ゲームに挑戦、正解の色はルーレット抽選で決める。6回連続で安全な方を引けば賞金100万円。憲武が最終ステージまで進んだものの、結局100万円獲得者は誰一人現れなかった。
簡単なゲームで勝負をして、敗者は罰ゲームとして放送当時東京マリン(足立区西新井。2001年9月に閉鎖)にあったウォータースライダー「フリーフォール・カミカゼ」を滑らないといけない。女子アナバージョンもあった。
ストップウォッチを見ないで指定された秒数を内輪で測って、とんねるずよりも誤差が小さければ賞金10万円、大きければ罰として髪の毛を丸刈り。
カジノのルーレットをモチーフとしたクイズコーナー。8人の人物がVTRで登場し、ある技を持ってる人、カラシ入りのシュークリームを食べた人は誰か?などの問題が出題され、とんねるずとゲストは8つのうち、正解だと思う人の番号の上にチップを置く。ルーレットと同様、1〜8の番号マス以外に赤マス(該当者は赤マスの番号のどこかにある)、黒マス(該当者は黒マス番号のどこかにある)、0マス(該当者無し)、00マス(該当者が2人以上いる)がある。なお、持ちチップがなくなると出演者の持ち物を担保にしてチップを借りることが出来たが、コーナー終了までに返済できないと出演者の担保は視聴者プレゼントに回された。
とんねるずの片方とゲスト(初期は石橋VS木梨)で対戦。双方、巨大な樽に入って巨大黒ひげゲームで対決する。剣を刺す穴は11箇所。前期と後期でルールが異なり、前期は自分の飛ぶ穴をボタンで決定し、クイズに正解した人は相手が飛び出しそうな穴を指名する。後期は相手が飛ぶ穴をボタンで決定し、ゲームに負けた人は自分の飛ばなさそうな穴を指名する。相手の表情を見て(前期は余裕そうにしている表情、後期は怪しそうな表情)1回だけ刺す穴を変更できる。最終的に逆バンジーで飛ばされた人が負け。ビル13階分の高さ(当時の河田町局舎の最上階)まで飛ばされた。
とんねるずの片方と一般出場者(芸能人の場合もあり)4人を含めた5人で対戦。各自、プールの上に設置されたルームランナーで走りながら、早押しクイズに挑戦。正解なら自分のルームランナーのスピードが1段階遅くなり、他の人は1段階速くなる。不正解の場合は、自分のルームランナーのスピードが1段階速くなる。ルームランナーのスピードに耐え切れず、後方のプールへ落下してしまった人は失格。最後まで残った1名が優勝。この企画は同じフジテレビ系の『クイズ!ヘキサゴンII』にて特番で行われている「ベルトクイズ!タイムショック!ショック!」に生かされている。
木梨憲武が盲腸による休養から復帰することになっていた1991年10月31日の放送で、冒頭から『緊急放送!盲腸で倒れる 木梨憲武さんを偲んで・・・』と題し、木梨憲武が死亡したという設定で、生放送の追悼特番を模したドッキリを放送した。石橋貴明と野崎昌一アナウンサー(当時。現・広報局広報部長)が深刻な話をしている途中で緑のジャージを着た木梨が現れるというシュールなコントだった。このドッキリコント自体は石橋と野崎が木梨についての追悼話をしているところでジャージを着た木梨が登場。無視して喋り続けるものの石橋がトチって木梨に気付き、セットチェンジ。結局『木梨憲武盲腸記念'91 憲武を笑わせろスペシャル 爆笑総集編』として番組の総集編が放送された。『吉田拓郎のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)での「吉田拓郎死亡放送事件」(吉田拓郎の項のエピソードその2を参照)が元ネタとされている。
この放送を見ていた、当時同局アナウンサーで番組レギュラーだった中村江里子は、途中まで本当に信じていたという。制作スタッフ側は、もし本当だった場合、これだけのタレントなら新聞やニュースで大きく取り上げられるのが当たり前であるので、ネタであることが誰にでもわかるとスタッフは踏んでいたようだが、この日の「タイム3」に木梨本人が生出演していることもあり、緊急性を含んだドッキリとして視聴者を信じさせる要素もあった。
ちなみに、放送途中には「本当ですか!?」という質問の電話が、放送後には「ふざけるな!」との抗議の電話が約800件にも上った。盲腸により木梨が入院していたため、OAするネタが無かったことからこのドッキリが放送されることになったが、多数の菊の花と巨大な木梨の写真を配した立派な追悼セットを組み、非常に暗いBGMを流し、本物のアナウンサーを登場させるなど、あまりにも悪ふざけが過ぎるとの声が多かった。
実際のところ、放送内において野崎アナは「亡くなられた」とは一言も言っておらず、代わりに冒頭で「信じられないことになってしまいました」と表現しているのみで、石橋が「これから実家に焼香に行く」「ハゲる前に死ねてよかったな、と」「安らかに眠って欲しい」などと発言しているのは木梨登場後である。ただ、本編前の木梨の生涯を辿る前編では、ナレーションで「あまりにも短い生涯であった」という一節が放送されており、この後の木梨は親戚のおばあちゃんにものすごく叱られたと本人が語っている。
なお、元々は野崎ではなく、当時役員待遇だった露木茂(現・フリー)を予定していたが本人が逃げ出してしまい、部長待遇だった野間脩平(現・共同テレビ)にも逃げられてしまったため、「プロ野球ニュース」の司会のため夜勤だった野崎アナが急遽呼ばれる運びとなった。また、よりリアリティを持たせるため森光子にもオファーを出したが断られたという。
ちなみにこの回の視聴率は23%を記録しておりそれゆえに多くの視聴者を驚かす結果となった。ゼネラルプロデューサー(当時)の石田弘が考えた企画と言われるが、石田は後年「ふざけると言っても超えてはならない一線があり、悪ふざけにはならないようにしなければならない」という、この一件を忘れたかのような、戒めるかような発言をしている。この放送についての石田の見解は現在まで明らかになっていない。
フジテレビは近年同じような度が過ぎたドッキリ番組を2006年4月に「緊急結婚特番」と題し放送した。こちらも当然、苦情が殺到した。
人気コーナー「それいけマサカズ」で燃えたカツラをかぶりながら石橋扮する田村正和が何食わぬ顔で通り過ぎるというコントを撮影したが、消防法上大変危険であるとして、消防署から一方的に抗議を受けた。
カルトQ「おかげです全般」のとき、石橋貴明が解答者で木梨憲武が司会者という設定で出題で石橋の答えに対し木梨が「正確じゃないとだめです」と言い何度も不正解とした為、怒った石橋が「もういやだ」と言って途中で帰ってしまい、そのまま試合放棄をしてしまったという事件。このとき石橋は「ひな」という名前で出場していた(これは中村江里子の愛称である)。退場後は女の子の人形が置かれていた。このコーナーは石橋が退場後、そのまま最後まで進行していた。
1992年11月4日、石橋貴明とチーフディレクターを相手にセクハラをされたとの民事訴訟が東京地方裁判所に提訴された事件。原告は番組に「帰りなおばちゃん」として準レギュラーで出演していた当時56歳の女優の稲村さち子。訴えの内容は同年10月29日放送の番組内で、露出度の高いビキニの水着を着せられた稲村に対して石橋が「ヘアが見える」と発言し、さらにテロップで「素人のおばちゃんですからヘアの手入れはしていません」と流されたというもの。稲村の請求は石橋とチーフディレクターに対して損害賠償と番組内で名誉回復のコーナーを設けるというものだったが、12月8日に提訴を取り下げた。なお、この時期は番組自体、下ネタ傾向が強かった時期でもあった。
沢口靖子と共演したコントの中で、木梨が噛み砕いて吐き出したニンジンの煮物を石橋が「いただきます」と食べてしまった事件。木梨・沢口はおろかスタッフも大いに驚き、木梨は「何故こんな事が出来るかというと(石橋が)酔ってるからだよ」とコメント。
上記のセクシャルハラスメント訴訟事件に関連して、コントの中で一時期下ネタが多く発している時期ががあり、(特に石橋。この時に石橋が下半身を露出してゲスト出演者を追い回していたなど)当然下ネタ禁止令が下された。
1986年秋に石橋が当時フジテレビの編成局長であった日枝久(現・フジテレビ会長)に「僕らにゴールデンタイムの2時間番組を下さい、視聴率30%とってみせます」と編成部まで行って頼み込んだと言うのは有名な話。ちなみにこの際、日枝局長に「もし取れなかったらどうする?」と聞かれた石橋は、番組プロデューサーである石田弘を「彫刻の森美術館に飛ばしてください」と言った(石田はその場には居なかった。一方で、30%を達成したらフジテレビの食堂で何を食べてもいいという約束を取り付けた)。その発言が面白かったからかは分からないが、まもなく『火曜ワイドスペシャル』で番組を持たせてもらい、放送が始まった。結果、視聴率30%には及ばなかったものの常に高視聴率を獲得し(平均20.3%。この結果は放送翌日の「夕やけニャンニャン」で石橋の口から発表され、「まあこんなもんだろ、よしよし」と二人は結果に満足していた)、定期的にスペシャルを行った後に1988年10月からレギュラー番組としてスタート。
開始当初からたちまち「仮面ノリダー」の人気などで大ヒットし、番組開始から半年が経過した1989年3月30日に最高視聴率29.5%(関東地区)を記録した(ただし、普段の時間ではなく午後7時スタートのスペシャル版にて)。その後、「仮面ノリダー」終了後も他のコーナーも大人気となり、1989年〜1994年まではバラエティ番組年間平均視聴率トップ10に常にランクインし、2度にわたる充電期間を経ても色あせることなく人気を保った。裏番組の『ザ・ベストテン』(TBS系)終了に追い込んだ事でも知られる。しかし、第3期をしばらく過ぎてから次第に度が過ぎたスタッフの内輪ネタが増えていき、笑いも女性ゲストに対するセクハラや下ネタなどが増えワンパターンになってきたことから一部の視聴者からは飽きられはじめる。
番組晩年にあたる1995年以降も全盛期ほど視聴率は取れなくなったものの安定した数字を残していた。だがその頃、1991年開始の『ダウンタウンのごっつええ感じ』が全盛期を迎え、また1996年開始の『SMAP×SMAP』が大人気となって、人気ドラマ『古畑任三郎』のパロディキャラコント「古畑拓三郎」と同時期に「新畑任三郎」がされており、人気の面で負けていたため、石橋も「勝てなくなったから打ち切ろうか」という話が出て1997年3月に放送終了(4月に内容変更・改題などのリニューアル)した。なお、テレビ番組のパロディーコントはこの番組で先に『ニューヨーク恋物語』で一世を風靡していたため、とんねるずの方が元祖である。
過去には『オレたちひょうきん族』の衰退・終了の一つに「人気の座を『おかげです』に奪われた」との指摘もあったが、双方とも同じ境遇で幕を降ろした。
1997年3月27日放送の『おかげです』としての最終回はかつての人気コント「仮面ノリダー」、「保毛尾田保毛男」、「最終回によくある風景」、「太陽にほえるな!」、「貧乏家の人々」など番組の人気コントを全て新作、完結編として放送した。また、番組の冒頭と最後にかつての常連ゲストで番組を愛していた小泉今日子を迎え、石橋扮する石田プロデューサーと木梨扮する小港ディレクターとともに局内に入り「石田プロデューサーの引越しと『みなさん』が終わっちまって大変なんだよォ日記」なるコントを放送。最後は番組を作り終えた石田プロデューサーがテレビマンとして燃え尽き死んでしまいその霊がバブルスとなって木梨、小泉とともに「最後のバァーイ、センキュー」のコールとともに本編は終了。
ちなみにこの時、石橋が「以上、みなさんのおかげでした」と発言しているが、これが現在番組のタイトルとして使用されているのと関係があるかどうかはわからない。
そして、ラストはフジテレビ社屋が河田町から現在のお台場に移転したこともあり、とんねるずが歌う当時の番組のエンディングテーマ『テレビ〜時々の神よ〜』をバックに『おかげです』ともに使命を終えた旧社屋の表情を映し、最後は現お台場社屋の屋上でとんねるずが歌っているシーンに繋がるという映像で番組を締めくくった。これには、ここまで自分らを大きくしてくれた河田町に思い入れがあってのことだろう。
後にコント形態として『おかげでした』に受け継がれたのは「ちょっと北の国から」と「新畑任三郎」のみである。『北の国から』のパロディ「ちょっと北の国から」に関しては「ちょっと北の国から'97冬」として1分にも満たない完結編が放送され、「純と蛍が凍死する」というストーリーであったにも関わらず、『おかげでした』では何事もなかったように続編が放送された。
1998年には前編・後編・完結編と3週に渡って放送されたが、2002年には「北の国から コントの記憶」として総集編があったものの、本編は1週しかなかった。本家が終了するためやむを得ずやった感もあり、視聴率も思わしくなかったことからそれ以来きちんとコントと呼べるコントは放送されていない。

 

[ 735] とんねるずのみなさんのおかげでした - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8B%E3%81%9A%E3%81%AE%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%92%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%9F

長年放送されていた『とんねるずのみなさんのおかげです』を1997年3月で終了させ、4月から『とんねるずの本汁でしょう!!』をスタートさせたが、視聴率が低迷。1クール足らずで終了させ、急遽始まったのがこの番組である。『おかげです』のスタイルに回帰した内容は視聴者に受け入れられ、『おかげです』末期の人気企画だった「食わず嫌い王決定戦」も「新・食わず嫌い王決定戦」として復活し定番コーナーとなり、長く視聴者の人気を獲得している。
現在は「新・食わず嫌い」が毎週放送されているほか、週替わりの企画が放送されている。基本的に番組前半は週替わり企画を、後半は「新・食わず嫌い」という構成となっている。『おかげです』時代のようなコント企画も2002年頃までは存在したが、現在は「ギャラHigh&Low」など出演者のトークを前面に押し出すコーナーが主となっているほか、最近では若手芸人の演芸がメインの「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」も人気企画となっている。
なお、タイトルは『とんねるずのみなさんのおかげです』とはっきり区別するために「とんねるずのみなさんのおかげで」の下に大きく「した」と筆で書かれた文字が並べられている。タイトルコールも「とんねるずのみなさんのおかげで」のテロップのあとに、2人で「した!」とコールしている(音楽と合わせて「とんねるずのした!」のようにも聞こえるので略称でそう呼ぶ人もいる)。
現在のこの番組においてのトークを兼ねたメイン企画というべき存在である。1997年6月26日放送開始。『とんねるずのみなさんのおかげです』において1995年5月4日にスタートした企画「食わず嫌い王決定戦」のリニューアル版。
開始当初は石橋とゲスト一名の直接対決で木梨は別室で対戦の様子を見守り、解説する(ひやかす)役目だった。その対戦が3週続いた後、今度は木梨がゲストと対戦する予定だったが、木梨自身が特に嫌いな食べ物がなかったため、急遽、2組のゲストを招き、石橋、木梨それぞれのチームに分かれお互いの嫌いな料理や食材を探り当てるという今の形となる。石橋側には女優が多く座る。
ゲストは好きな料理3品と嫌いな料理1品をあらかじめオーダーし、先手、後手の順に相手の料理を指定し、試食させる。
先手、後手の順にお互いに色紙に書かれた品目を見せ(披露)、「なぜ、そう思われますか?」の牧原俊幸アナウンサーの問いかけに、予想の根拠を発表する。
そして色紙に書かれた料理が出され、ゲスト2組が同時に食べる(この時、坂口による「実食」の掛け声が入る)。
ゲストの書いた色紙は不正解の物も含め、番組の携帯サイトでの応募により視聴者にプレゼントされる(2004年以前はハガキでの応募であった)。近年、木村拓哉が参戦した際にはジャニーズ事務所の要望で色紙のプレゼント告知はされなかった。以前までここにエンドロールが表示された。
毎週白熱した心理戦が繰り広げられているが、こらえきれずに泣きそうになったり自分から嫌いなものを言ってしまうこともある。何度出場しても挙動不審となり、だまし切れずに負け続けている泉谷しげると大竹しのぶによる「最弱王決定戦」が行われたが、両者ともに一巡目での的中により引き分け、決着は次回以降へ持ち越すこととなり、さらに最弱ぶりを知らしめる結果となった。
過去にはオーダーする食べ物が5品や3品だったり、怪しいと思った食べ物をもう一度食べてもらう「再食指定」、先にゲストが嫌いなものを言ってそれを見抜かれないようにどういったリアクションをするか、先攻・後攻を決める箸のルーレット(振り箸)などがあったが、これらのルールは2002年までに全て廃止された。
また一時期この「食わず嫌い」のマンネリ化を懸念してか、2000年頃に「家宝楼」という嘘の家宝を当てあうコーナーに変わったことがあったが、やはり「食べもの」の持つ「数字」には敵わず、しばらくして「食わず嫌い」に戻された。
筆入れからの進行役は基本的には牧原俊幸アナウンサーが担当するが、スケジュールの都合で伊藤利尋アナウンサーが担当することもある。ハワイで行う場合は進行役がつかないが、とんねるずが進行する。ちなみに「食わず嫌い」の通算成績は400回記念(12月8日、12月15日、12月22日の400回突入スペシャルも含む)を含めて石橋167勝、木梨136勝、101引き分けと駆け引きと勝負にこだわる石橋がリードしている。
2004年以降は歌手や芸人がゲストの場合、一発で当てられた時には薄暗いセット裏において歌やネタを披露させられる罰ゲームを行っている。2度目以降で当てられた場合にも罰ゲームが行われることが多々あり、これは石橋のさじ加減ひとつと思われる。また、引き分けで勝っても両者罰ゲームの場合もあり、渡辺満里奈と嵐の二宮和也の時になった。ちなみにそのときは『マリーナの夏』&『A・RA・SHI』の2曲メドレーだった。
余談だが、「食わず嫌い」という言葉が「食べたこともないのに嫌いなこと」という意味であるのに対し、コーナーの内容は、ただ嫌いな食べ物を当てるだけなので、『明石家マンション物語』内で関根勤がツッコミを入れたことがある。その関根勤は、初めて出演したときにチョコレートパフェの中に入っている缶みかんが嫌いで食べずに勝利したため石橋にそれはわからないと非難された。また、爆笑問題の太田光は、他人が話をしている最中に、与えられたメニューを最後まで食べている。
『めちゃ2イケてるッ!』(フジテレビ系)の人気演芸コーナー「笑わず嫌い王決定戦」や『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の「惚れず嫌い王決定戦」のネタ元もここ。「笑わず嫌い」に関しては2004年の『27時間テレビ』内で放送され、とんねるずも出演している(勝敗は笑わず嫌い王決定戦#対戦結果を参照)。また、日本テレビ系で放送されていたとんねるずの冠番組『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』でも「負けず嫌い王決定戦」が行われていた。
2003年7月24日放送開始。「新・食わず嫌い王決定戦」でゲストから紹介されたお土産をランキング形式で紹介する。現在では毎年春のスペシャルで放送されている。紹介されたお土産をとんねるず・ゲストが食べ、募集も行う。スタジオでは実際のお店の方が来て、販売をしている。また、ただ食べるだけではなく、負けた者がそのお土産を自腹で全員・視聴者の分を買うという「おみやジャンケン」が恒例となっている。
『おかげです』時代と違いゲームではとんねるずに優位になるような仕組みになっており、とんねるずが勝つことがほとんどである。また、ゲストがタカアンドトシのときにはとんねるずが負け越したにもかかわらず強引なこじ付けで同点扱いにし、無理矢理ゲームを続行させて最後にとんねるずが勝ったこともあった。この様にガチンコ勝負ではないことを視聴者は理解した上で見ることが求められるが、稀にゲスト及び芸人がかわいそう、という抗議も来る。
毎回、文字の読み上げの際、モジ三(木梨)が高橋アナにセクハラまがいのツッコミもしくはチョップ等の攻撃を入れ、両親(高橋英樹夫妻)に向かって「真麻への愛でございます」などと釈明するのがお約束となっている(釈明時には夫妻の画像が出される場合がある)。
2006年7月27日放送開始。モジモジくんHYPERのゲームの1つ。迫ってくる壁にあけられた穴を頭を使って通り抜ける一種の脳トレコーナー。1人ずつ行い、最後はチーム全員で行う。通り抜けられないと壁に跳ね飛ばされ後ろのプールに落とされる。2チームに分かれ1チームは石橋・木梨とゲスト1人の「スターチーム」、もう1チームは全員ゲスト(主に芸人など)の「四流芸人チーム」である。壁の穴の形は視聴者の応募から出題される場合もある。
壁に空けられた穴は簡単なものから奇妙なもの(あるいは明らかに無理なもの、実は単純なポーズで抜けられる引っ掛け問題も)まであり、たまに簡単な壁穴が一方のチームに集中することがある。また四流芸人チームがスターチームに大差をつけられているとき、四流芸人チームが嘆願しもう1回挑戦することがあり、この場合壁の迫る速度が2倍になる。また司会の伊藤アナが「都会君」という名前で参加したこともある(衣装はスーツのまま)ほか、スタッフが「田舎君」という名前で挑戦したことがある。
このコーナーと類似したコーナー(全く一緒と言ってよい)を持つ番組が韓国に存在している。韓国のテレビ局が日本のテレビ局の番組を真似している事が過去に何度もあるため、当初は日本のネット上でパクリと騒がれていた。だが2007年4月26日の放送で「リメイクという形で、韓国にもこのコーナーが進出した」と紹介され、7月5日の放送では「世界20か国に進出決定」と報告され、10月4日のスペシャルでは実際に各国の脳カベの模様が放送されたため、正規のフォーマットのライセンスと思われる。
食わず嫌いとモジモジ君において、タカアンドトシがいずれもとんねるずに負け続けている事で、一度でいいからとんねるずに勝ちたいという思いから生まれた企画。とんねるずとタカトシのそれぞれのホームグラウンドで戦うもの。第1戦はとんねるずのふるさとであるフジテレビV4スタジオ、第2戦はタカトシのふるさとである北海道、第3戦はなぜかハワイ。3戦ともとんねるずの勝利。第4戦は熱海かラスベガスで勝負が予定されているが、いつ放送なのかは不明。
ゲストが1組ずつ登場し、ギャラの多寡(年収)を当てる。石橋が解答者となり、牧原俊幸アナウンサー(一時期は佐藤里佳アナウンサーや高島彩アナウンサーの時もあった)と木梨が進行を務める(名義は「マッキー&ノリー」)。ちなみに石橋がパーフェクトを達成したのは1回だけである。
2005年9月22日放送開始。ゲストの芸能人の過去の恋愛話をドラマ化し、それをクイズにして答える。間違えると座っている席が動き出し、氷の湯にドボンとなる。
2006年7月6日放送開始。『クイズダービー』のパロディでトークコーナー。正式タイトルは「石橋貴明のトークダービー」(本家と異なり、タイトルコールは大橋巨泉式の「貴明の」でも徳光和夫式の「貴さんの」でもなく、フルネームを言っている)。司会は眼鏡をかけて大橋巨泉に扮した石橋と高島彩アナウンサー(2回ほど、高島アナのスケジュールの都合から中野美奈子アナと平井理央アナの2人が務めたこともあった)。出走パネラー枠(出走馬)は1枠木梨、2〜4枠はゲスト。出走馬4人はテーマに沿ったタイトル(お題)を書く。その後出走馬4人のタイトル表示→倍率表示となる。外走ゲスト陣(外走馬)2人は持ち点1万点からスタートし、一番面白い出走馬1人を予想し持ち点から点数を賭ける。正解か不正解かどうかは石橋のツボ次第で判定。外走馬の予想した出走馬が正解したら、賭けた点数が予想した出走馬が表示した倍率で持ち点が倍増し、逆に不正解の場合は持ち点が減る。賭け方は、ベースとなった『クイズダービー』にならって賭けた時点で点数の減らないブックメーカー方式である。獲得した点に応じて豪華賞品がもらえる。10万点を超えた場合はハワイ4泊6日のペア宿泊券を獲得できる。当初は前後編での放送であったが、現在は1日での放送である。
コーナー開始当初はハワイ旅行どころか10万点を獲得したペアは1組もいなかったが、2007年12月27日にフジテレビの女子アナチームが10万点を突破した。しかし、最後の問題で10万点全てを賭けて不正解になり0点になったため、まだハワイ旅行まで獲得した組はいない。(というよりも石橋が意図的に、獲得しないようにしている、余談ではあるが、本家では途中で10万点を超えた場合ではそこで打ち止めであり、賭ける事はできない)温水洋一は1番最初にこのコーナーで商品をゲットしたが、この時は得点を最後にキープするという離れ業をやってのけ、その後の出演ゲストの商品ゲットの礎を作った。また、泉谷しげるは木梨の不正解により得点が無くなった時には自らが出走馬となり得点を再びゲットするという珍事態に発展した。
2006年11月16日放送開始。『おかげです』開始当時の裏番組であり、とんねるず自身も『おかげです』開始前に出演したことがある『ザ・ベストテン』のパロディ。有名人が本業において何の役にも立たない特技(ムダ芸)を披露し、ランキング形式で紹介する。さまぁ〜ずの三村マサカズや、ロンドンブーツ1号2号の亮といった芸人の他、中には大山のぶ代や三原じゅん子、榎木孝明といった大物俳優、女優が出演する事がある。また出演はしていないがC・W・ニコルやムツゴロウという名前もある。また本家の『ザ・ベストテン』同様、最後には記念写真があり、その写真は視聴者プレゼントとして募集をしている。放送開始の第1回目では「今週のスポットライト」というコーナーがあり、別スタジオからVTRで放送された。余談ではあるが、大山のぶ代の「アルカノイド」は、その後『トリビアの泉』や『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)の1コーナー「ビューティフルライフ」でも紹介された。当初は1回の放送で収まっていたが、最近は1回の放送で尺に収まらないために2週連続での放送となっている。
2007年6月7日放送開始。テレビ東京系の人気番組『田舎に泊まろう!』のパロディー。石橋が後輩芸人の家に泊まりに行くという企画であったが、2008年2月21日放送分からは木梨も加わり、「とんねるずを泊めよう!」に改まった。ナレーションは本家同様バカボン鬼塚がやっている。
後輩芸人がかわいそうと視聴者からの苦情の電話が非常に多い企画でもある。しかし、当の被害者芸人のなかにはとんねるずが家に来るということで大喜びでやられている者もいる(バナナマン日村など。ブログ参照)。
2007年2月22日放送開始。かつてのテレビ朝日系の人気番組『川口浩探検隊(藤岡弘探検隊)』のパロディー。本家である藤岡弘、も会長として出演する。隊長は木梨、副隊長は石橋であり、ナレーターは本家と同じ田中信夫である。放送終盤に第2弾の予告が行われたが、何故か未だに放送されていない。
ノリタケーブルTVのチャンネルの1つだったが、2007年11月22日放送再開。日本テレビ系列エンタの神様のパロディ。木梨が、おぎやはぎ、田村亮 (ロンドンブーツ1号2号)、堀内健といったお笑い芸人と組んでコントをするコーナー。司会は伊藤利尋アナと宮瀬茉祐子アナ。
とんねるず(帝京高等学校)、ガレッジセール(那覇市立松城中学校…山田優の母校でもある)、石原良純・森泉(慶應義塾幼稚舎…中学は石原が男子校の普通部、森が共学校の中等部と異なる)
1997年6月26日放送開始。番組開始当初の『食わず嫌い』と並ぶ主要コーナー。石橋が司会を務める『うたばん』(TBS系)のパロディである。当初はとんねるずが歌手のプロモーションビデオやライブなどを面白おかしくパロディするコーナーだったが、とんねるずの後ろで踊っていた番組スタッフが野猿としてデビューすると、この野猿の企画や情報、歌などを紹介するコーナーとなっていた。2001年5月に野猿が解散・撤収するとこのコーナーは消滅するが、パロディのほうの復活の要望が多いということで2002年10月のスペシャルで一夜限りで復活した。また石橋が広末涼子に扮して、「MajiでKoiする5秒前」を歌っていた回の映像は『北の国から'98時代・前編』でドラマの中のテレビの映像としてアップで映し出されていた。
日本テレビ系で放送されていた『嗚呼!バラ色の珍生!!』のパロディ企画。再現VTRはコントのような形式だったが、実際にゲストの会いたい人に会わせるという趣旨だった。また、その「会いたい人」が見つからず、本家の『バラ珍』に捜索を依頼したということもあったという。また、略称であるポコ珍を毎回、西山喜久恵アナウンサーに言わせていた。
「新・食わず嫌い王決定戦」の家宝版でゲスト2人がそれぞれ相手の持ち寄った家宝4品の中から本当は家宝ではない、いわゆる嘘の家宝を当てる。
totoをベースにした企画。毎回視聴者は放送開始数分後までに『新・食わず嫌い王決定戦』の勝敗やコーナー、ミニゲームの結果等4問の予想問題に答える。全問正解者の中から抽選で1名に賞金100万円か海外旅行が当たった。
2001年11月1日から11月8日に2週連続で放送。『ここがヘンだよ日本人』のパロディ。若手芸人ら100人が石橋に遭った被害を訴える。 出場者の中に「とんねるずのみなさんのおかげです」時代の出演者から石橋の同級生・近所などが集まった。最後に木梨が石橋に言いたいことを言っていた。
2〜3名のゲストが騙される企画。大きく分けて、事前に騙されてスタジオのVTRで初めてネタ晴らしをされるケースと先にスタジオでドッキリの内容を発表した後、間髪入れずに中継先で実行をするケースの2パターンがあった。計3回で終わった。元ネタは同局のニュース番組『ニュースJAPAN』だが、テーマ曲は夕方の『FNNスーパーニュース』で18時台に使用されていたテーマ曲をそのまま使用していた。
博士に扮した木梨と助手の石橋、当時フジテレビアナウンサーであった山中秀樹演じる「ロボ」の2人と1台が未来に悪影響を与えるきっかけとなった「不祥事」をタイムマシンの流星号に乗って過去へ正しに行くというもの。ネタの出所は一応『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のようである。「不祥事」のターゲットにはフジテレビ社員も含まれ、時にはプライベートもネタにされてイジられる。2人と1台のキャラクターは、「ロボ」の「中身」以外、デザインもそのままに「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」へと引き継がれている。
2002年3月14日放送開始。とんねるずがとある学校の放送室に突然乱入して貸切にしてもらう校内放送ジャック(事前に募集し、学校側の許可後に乱入)。ラジオ番組でよく使用される手法。
2002年5月29日放送開始。『おかげです』時代の「へら」を日本テレビ系で放送されていた『マネーの虎』と絡めたパロディー企画で石橋が本家の吉田栄作の様に仕切る。若手芸能人がマネー獲得のためにプレゼンし、それに対して関卓也プロデューサー(当時)とベテラン芸能人3名が厳しい言葉を発する場面こそ本家と似通っているが、若手芸能人が行う一発芸で関プロデューサーらが口に含んだ牛乳を噴出させられるかがマネー成立のポイントであった。ちなみに本家を真似たオープニング(本家の鞄から札束に対しパロディーは鞄から瓶入り牛乳)に出ていたセーラー服姿の少女は沢尻エリカである。
2002年7月18日放送開始。『ウィーケストリンク☆一人勝ちの法則』のパロディで芸能人の暴露大会。石橋が石田弘プロデューサーのモノマネで司会。また、ゲストにちなんだモノマネをした木梨が末席にいるが、決まって第1ラウンドで退場となる。一度だけ暴露大会ではなく、「ものまねウィーケストリンク」が木梨の司会で行われたこともあった。
当初はスタジオや音楽も本家そのままに使われたが、後に番組フォーマット使用権利が切れたためか「ドーンゲストリンク」にリニューアル。以降はドーンゲストリンク(ウィーケストリンクに相当)に選ばれてしまった解答者が、立っている床が抜けて下に落ちるというペナルティが追加された。後期はアナウンサー暴露大会となった。
特殊メイクで変装した数人の人物の中から指定された芸能人が扮しているのは誰かをトークなどを元に心理捜査官に扮した石橋(石橋・クロフォード)・木梨(木梨・クラリス3世)が推理していく。
海外のリゾート地で芸能人十数名を集めて旅行。ただし、眠ってしまって3カウントでまだ眠っている時点でアウトとなり、即座に日本へ強制送還される。これを繰り返していき、最後まで残った1名が優勝。半ば強制的にリゾートで遊ばされたり、夜は暗めの部屋に押し込められたりと睡眠を誘う仕掛けがある。
ゲストがかつてインタビューで答えた返答など自分自身の過去にまつわるクイズを出題。出題役の天の声は劇団ひとり。
TBSラジオ「伊集院光 日曜日の秘密基地」内コーナー「秘密基地VIPルーム」で行われている「本人クイズ」とほぼ同一内容である。「秘密基地VIPルーム」に秋元康がゲスト出演した直後、「クイズ自分」が誕生したことから、伊集院光はこの件に関して「パクった」「インスパイア」などと同番組内で発言した。だが、実際には1999年にフジテレビの深夜に帯で放送されていた「自分クイズ」が似通ったタイトルからも企画の大元とみられる。
あるテーマを元にゲストと石橋、木梨の答えを一致させる価値観ダベりコーナー。一致すると昭和に発売された品をプレゼント。
2004年8月12日に放送。旅番組風トークコーナー。コーナータイトルは武田鉄矢の楽曲『思えば遠くへ来たもんだ』のパロディ(広島ホームテレビの『思えばトークへ来たもんだ』とは無関係)。
とんねるずの2人に列車乗客が乗車一駅間に「ツボのある話」を話す。とんねるずの2人が話がツボであれば壺底のスイッチボタン(小型・中型・大型2個)を押し、壺底のスイッチボタン全部を押した場合のみ話をした乗客が賞品獲得。乗客は乗車してから次の駅を到着するまでに、とんねるずに話術だけで壺底のスイッチボタン全部を押させなくてはいけない[1]。
ビデオショップゲオ富良野店店長の中年男性が、店長を勤めるビデオショップに入った2度の強盗話で下金山駅下車後に枕を獲得。
石橋チームには上島竜兵と堀内健、木梨チームには山本圭壱と劇団ひとりがメンバーとして入っている。3回目以降は各チーム女性が1人入っている(石橋チームに若槻千夏が、木梨チームには大島美幸が入っている)。2人の指揮者名義は石橋は「石橋シャーク貴明」、木梨は「キナッスィー憲武」となっている。初回はYOU THE ROCK☆が司会をしていたが、不手際があったので降板。2回目以降は伊藤利尋アナウンサーの司会に交代したが、一度だけ(5回目)福井謙二アナウンサーが担当したことがあった。
2005年3月17日放送開始。石橋vs5人1組のゲストチームの1回攻撃で勝敗を競うクイズゲームで、ピッチャーが3×3のストラックアウトで真上のセンターラインの的を当てると攻撃側有利のジャンルに関するクイズ、真下のラインの的に当てると守備側有利のジャンルに関するクイズ、真ん中のラインの的に当てると攻守問わず有利のジャンルに関するクイズを出題。先攻は石橋で、後攻はゲストチームとなっている。ゲストチームは攻守問わず全員が解答する。攻撃側が正解するとその塁が進み、守備側が正解するとアウトとなり3アウトで攻撃終了となる。ただし、ピッチャーがど真ん中を当ててしまうとホームランのチャンスとなる問題となり、攻撃側が正解するとホームランになるので要注意。
2005年8月25日放送開始。『サンダーバード』のパロディ。『おかげです』時代の「サンバーダード」とは異なり、各種ランキングの1位から4位の順位を当てる。正解すればスリッパ(※サンダーバード2号に似た形のスリッパ形ロケット)が見事発車する映像が出て、お肉券が贈呈されるが、不正解だとスリッパが不発で落ちる映像が出て、自動スリッパ叩き機で頭をたたかれる。隊長は中山仁(開始〜)→小野寺昭(2005年9月〜12月)→谷隼人(2006年1月〜)と変わっていった。秘書は主に女子アナウンサーで回ごとに違う(これまでに中野美奈子アナウンサーや平井理央アナウンサー、阿部知代アナウンサーや高橋真麻アナウンサーが担当している)。
2006年1月19日放送開始。「東京都立グズ商業高等学校」の3年B組の生徒(下記のメイン生徒とゲスト)がオリジナルゲームで一番出来なかった人(グズ)を決め、グズは罰ゲームを受ける。担任は小田原敬(照明担当#スタッフ)。メイン生徒は亀有(石橋、モデルは亀梨和也)、木部(木梨、由来は木梨の母の旧姓)、タイガー(東幹久、モデルはタイガー・ウッズ)、牧原(牧原俊幸アナ)(たまに途中どこかで記録係の大山浩文(カメラマン)がでてくる)。教室セットのイメージは『野ブタ。をプロデュース』をパロディしたものとみられる。ちなみに担任の小田原はコーナー序盤とコーナー終盤にいつも木部に教室の用具(机など)を投げつけられる。
日本テレビ系で1998年に放送された『アメリカ横断ウルトラクイズ』のスペシャル版『今世紀最後!!史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』の内容をパロディ化した企画。石橋・木梨が進行役、番組スタッフが挑戦者となり、本家の1998年『ウルトラクイズ』のルート・クイズ内容・早押しセットなどをほぼ完全再現。決勝はラスベガスで行われ、番組で何週にもわたって放送されたが、決勝のみ放送されなかった。(2008年現在も放送予定はない)
『電波少年』をパロディ化した企画。木梨が当時骨折していた武豊騎手が快方へ向かう様、ヨーロッパの大陸の各所で納豆の材料を集めながら横断、ゴールで集めた材料を使って納豆を作り、武豊に食べさせた。また石橋がTプロデューサーのパロディ「Tタレント」として登場した。本家同様に企画の応援歌があり、とんねるずを除いた元野猿のボーカル2名がWill callというユニットを組んで歌っていた。
2003年9月25日放送。この日は2本立て。まず「食わず嫌い」で小泉今日子と本木雅弘の豪華対決。その後、「おかげです」時代を含めて15周年を突破した記念に反響(=苦情)が多かったものをランキング形式の総集編で発表していった。スタジオにはとんねるずに怒り持つ50人のゲストが集合。この時の総集編の映像は現在のよりも流れる時間が長めだった。主な反響として、石橋のセクハラ、木梨の理解不能の行動、ゲストへの失礼、食わず嫌いの嫌い物を食べたときの悶絶などがあった。そして、1位はもちろん「おかげです」時代の「木梨憲武死亡ドッキリ」だった。視聴率17.8%(ビデオリサーチ)
2005年9月29日に放送。石田弘が任期満了でフジテレビを退社するとの事で企画され、この日TBSが裏番組で『世界の中心で、愛をさけぶ』を編成した事からこのタイトルとなった。司会はとんねるずと高島彩アナウンサー。スタッフが選ぶとんねるず傑作選とされ、「オールナイトフジ」、「夕やけニャンニャン」、「おかげです」、「おがけでした」の映像の中から100位から1位までのランキング形式で発表。「おかげです」時代のVTRも数多く採り上げたため、ステレオ音声での放送が行われた。ダーイシ物もいくつか含まれ1位もやはりダーイシ物だった。
番組のセット・ランキング以外の企画内容は『オールスター感謝祭』を模倣したものである。番組の途中で度々出題されるクイズは、ほとんどが石田(ダーイシコント・隠し撮りのノンフィクション映像)に関するものだった。番組開始当初、主役である石田は鉄板焼きの店で中野美奈子、港浩一らと共に誕生パーティーをしていたが、番組の最後になって呼ばれた。最後は用意されたケーキのろうそくの火を消し終わった瞬間にケーキが爆発。石田の顔がクリームまみれになったが、爆発の威力・範囲は凄まじく、石橋や最前列のゲストも少しクリームがかかってしまった。結局、石田は退社せずに65歳まで社に残ることとなり「誕生パーティー」になってしまった。また、歌手の倖田來未は大のとんねるずファンで有名だが、この特番を見逃した事をうたばんにて石橋に言ったところ、後にビデオをもらったという。 視聴率18.3%(ビデオリサーチ)
2007年8月30日に放送。TBSが裏番組で『世界陸上2007』を編成したため、それに対抗するため1時間に渡って放送。司会はとんねるずと伊藤利尋アナ。そして開会宣言及び大会委員長を藤岡弘、が務め、東軍と西軍の2チームに分かれガチンコ勝負を行った。 尚、この大会にはMVP用に100万円が用意されていたが、藤岡によって両軍で半分ずつという形になるが、石橋が100万円を持って逃走。番組の最後はその100万円を巡って、石橋と両軍の攻防となった。その後は石橋には1万円が贈呈され、両軍それぞれも残りの99万円で1万円ずつ山分けした。
2007年9月27日に放送。「おかげでした」時代を含めての「みなおか」20年目突入記念として企画された。番組冒頭はとんねるずが「ガラガラヘビがやってくる」を歌いながら会場のV4スタジオ入りするスタート。ゲストには「みなおか」に出演した芸能人、プロデューサー等を務めたフジテレビ関係者、同局アナウンサーが呼ばれた。また、とんねるずに憧れて芸能界入りした勝俣州和やおぎやはぎ、タカアンドトシ、ペナルティ、TIMを「とんねるずチルドレン」及び「ガヤ要員」としてひな壇に呼んでいた。放送形態としては部門別にVTRを発表。その幾つかに「最優秀○○賞」を設けた。ちなみに全体のMVPは市毛良枝が受賞した。前述の「石田さんのおかげでした」とは違い、「みなおか」のみでの放送されたVTRになり、近年のVTRも多く登場した。
スペシャルの終盤では番組のエグゼクティブプロデューサーである石田弘の誕生日を祝ってケーキが登場し、石田は2年前と同じ仕掛けではと言いながらろうそくを消したところ、実際は石田ではなく、ひな壇に待機していた勝俣達が大爆発を受けてクリームまみれになったところでとんねるずが「一番偉い人へ」を歌って終了となった。またこのときは「おかげです」時代のこともありステレオ放送をした。 視聴率16.6%(ビデオリサーチ)
TBS(制作はMBS毎日放送)で放送している「情熱大陸」のパロディ。2007年12月13日放送。当日放送の食わず嫌い王決定戦の舞台裏を、情熱大陸風に演出して放送した。このコーナーの放送の発端は、木梨自ら「情熱大陸」に出演したいとTBSに持ちかけたが、TBSから断られたために木梨がTBSへの静かな抗議の一環として放送されたものである。ナレーションも本家の窪田等が担当。なお、放送された舞台裏の内容はほぼ全てフィクションである。
『おもいッきりテレビ』の1コーナー「ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話」のパロディ。かつてはこのコントが「おかげです」で放送されていて、久々に復活した。
「モジモジ君HYPER」の人間大砲で葛城ユキのチャレンジ時に負傷事故を起こしてしまったもの(2003年10月に発生)。当然ながらこの回はオンエアはされず、石田弘と港浩一にフジテレビから処分が下された。
勝俣州和の挑戦の時、バナナが苦手で勝俣がバナナを食べる時に欽ちゃんのマネでバナナを食べるという演技を見せていた。その後、再食指定で相手がバナナを選び勝俣がバナナを食べれなくなってしまい、結局実食の時それを選ばれ、負けてしまった。勝俣がバナナを嫌いになった理由はバナナにハエがたかっていたからである。
笑福亭鶴瓶の挑戦の時、サバ缶詰を食べる時点でもう負けを示していた。鶴瓶はサバ料理を見ると蕁麻疹が出るほどの苦手である。
1999年放送の「新・食わず嫌い王決定戦」で野村沙知代が出演した回のみ初頭スポンサーの花王が野村の出演の理由から1度だけ自粛した(その時の提供アナウンスは八馬淳也アナ(当時)だった)。
1999年9月〜2000年10月の3回『FNS春秋の祭典』の主体番組として参加した。かつて『おかげです』で「モジモジくん」でやっていたトイレットペーパー芯早出し、シュークリームロシアンルーレットとかつて視聴者参加企画だった「ダイビングクイズ」を外馬ベッティングクイズとして扱われた。また『カルトQ』を石橋貴明と出演者全員の対決もあり、2000年春の回では石橋は10問中8問正解(そのうちの2問が爆笑問題が正解)したが、2000年秋の回では相当散々だった番組チームが奮起したため、石橋の正解を2問に抑えた。もちろんナレーターも本家『カルトQ』の牧原俊幸アナだった。
番組開始当初はステレオ放送であった。これは『おかげです』時代の名残と野猿の音楽活動の企画など音楽面に対する配慮もあったと思われるが、野猿企画が終了してからは音楽的・ドラマコントの要素が薄れていく。その影響のためか2005年にはモノラル放送となったが、それと引き換えに文字多重放送を開始。さらに2006年からはハイビジョン制作に切り替わった。
プロデューサー・演出:港浩一(初代プロデューサー、現バラエティー制作センター担当局長兼局内監査)、渡邊俊介

 

[ 736] Amazon.co.jp: みなさん、さようなら: 久保寺 健彦: 本
[引用サイト]  http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%95%E3%82%93%E3%80%81%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%89-%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%AF%BA-%E5%81%A5%E5%BD%A6/dp/4344014154

対象商品であれば、購入金額にかかわらず、配送料が無料になります。つまり、無料配送サービスの最低購入金額(1,500円)を意識せずに、お買い物をお楽しみいただけます
プライム会員は、対象商品の購入の全てについて、通常配送又はお急ぎ便配送を無料(本規約中のその他の制限や条件にご留意ください)で受けることができます。但し、これらの配送オプションは、当サイトの在庫状況、注文期限及び一部については発送地域により限定されます。プライム会員は、同一の住居(同一住所)に住む家族を2人まで追加費用なしで家族会員としてプライムに加入させることができます。(20歳未満の会員は、その親権者又は後見人の関与なしにAmazon.co.jpのサイトを利用することはできません。)プライム会員は、いつでも家族会員の変更又は退会をさせることができます。家族会員は、プライム会員が会員を辞めた場合又はプライム会員により退会させられた場合には、自動的に家族会員の地位を失います。プライムは、法人利用、又は営利目的、業務目的若しくは再販売目的のお客様にはご利用頂けません。
プライムの対象は、Amazon.co.jpがwww.amazon.co.jp上で販売する特定の商品で、沖縄及び一部離島を除く日本国内を発送先とするものに限られます。当サイトは、都度当サイトの判断により、例えば設置が必要となる大型商品又は重量商品、危険物として規制されている商品その他発送に関して特別な配慮が必要な商品を、プライム対象外商品とすることができます。また、第三者により、又はAmazonマーケットプレイスなどの第三者販売プログラムを通じて販売される商品は、プライムの対象ではありません。なお、プライムの対象商品である場合には、当サイトのウェブサイト上に、それが明示されます。
お客様は、プライム会員に登録し、プライムを利用するために、Amazon.co.jpのアカウントを取得しなければなりません。当サイトは、当サイトの判断により会員登録を受入れ又は拒絶する権利を有しています。お客様は、上述の家族会員によるプライムの利用方法を除いては、自己の会員資格又はその特典を譲渡又は移転することはできません。プライム対象商品であっても、場合により注文や取扱いに関する料金又は税金がかかる場合があります。支払い方法が代金引換の場合は、別途代引手数料が請求されます。もし、お客様が注文する商品の一部がプライムの対象商品ではない場合には、お客様はかかるプライム対象外商品について所定の配送料を支払うことになります。また、注文の変更やとりまとめ、送付先、配達時期又は配達方法の変更は、プライムの適用について影響を与えることがあります。以下の点に注意して下さい。
通常配送及びお急ぎ便配送オプションは、お客様への配達予定日を決定するためのものです(これらのオプションは、商品の入手可能性や当サイトの発送予定日を反映するものではありません。)。
当サイトは、当サイトの判断において、陸路又は空路から発送することができます(これらのオプションは、運送方法の指定サービスとは異なります。)。
プライムの年会費は、3900円です。この年会費は、以下に明示的に規定する場合を除き、払戻しされません。翌年についてのプライム会員登録の更新前に、お客様が退会したい旨を当サイトに通知しない場合には、お客様の会員登録は自動的に更新され、お客様への通知なくして、当サイトは、お客様が登録された支払い方法に基づき、その時点で適用される年会費及び税金の支払を受けることができます。
Amazonプライムの会員は、会員登録後、サービスを共有できる家族の方も含め、一度もサービスを利用されていない場合は、キャンセルすることができ年会費の払い戻しを受けることもできます。
当サイトは、お客様に対し様々なプライム無料体験その他の会員の募集をすることがあります。無料体験会員は、当該会員募集の際に特別に規定されたものを除き、本規約の条件に従うものとします。無料体験会員はいつでも、無料体験期間の終了の際に、Amazon.co.jpのアカウントサービスを通して年会費を負担するプライムの会員登録をしないという選択をすることが可能です。
当サイトは、当サイトの判断により、お客様に何らの通知なくして、本規約、Amazon.co.jpの利用規約やプライバシー規約又はプライム会員に関する事項について変更することができます。しかしながら、年会費の増額については、会員登録を更新するまでは適用されません。また、当サイトが通常配送、お急ぎ便配送オプションの配送を有料としたり料金を値上げする場合、又は当サイトが、お客様が加入させることができる家族会員の人数を減らす場合には、その変更が生じる少なくとも30日前にEメールによりお客様にその旨を通知します。もしお客様がこれらの変更の実施前に退会される場合には、当サイトは、残りのプライム会員期間(但し、一ヶ月単位で残っている期間に限る)を基準に、年会費の割合的払い戻しをします。この払戻オプションは、当サイトが行なうその他の変更には適用されません。万が一、これらの変更が違法、無効又は何らかの理由により強制力がないと判断された場合でも、これにより、その他の有効かつ強制力のある変更又は条件は影響を受けることはありません。当サイトが本規約等を変更した後に、お客様がプライム会員登録を継続する場合には、お客様はその変更に同意したものと見なします。もしお客様がかかる変更に同意しない場合には、お客様はプライムを退会しなければなりません。
当サイトは、当サイトの判断により、お客様に通知なくして、プライム会員登録を解除することができます。もし当サイトが解除を行う場合には、当サイトは、残りのプライム会員期間(但し、一ヶ月単位で残っている期間に限る)を基準に、年会費の割合的払い戻しをします。しかしながら、当サイトが、お客様の行為が本規約又は法律違反、会員特典の詐取又は悪用並びに当サイト又は他の会員の利益を害するものと判断し解除する場合には、年会費の割合的払戻しはいたしません。当サイトがお客様に対して本規約の各規定を厳格に遵守するように要求しなかったとしても、それは当サイトの権利の放棄を意味するものではありません。
Amazon.co.jpの利用規約中の責任の限定及び免責に加えて、当サイト若しくはその取締役、役員、従業員、代理人若しくはその他代表者は、プライムに起因若しくは関連する直接的、間接的、特別、偶発的、必然的又は懲戒的な損害賠償又はその他の損害賠償について責任を負いません。当サイトの契約上、保証上、不法行為法上(不作為も含む)又はその他の責任限度額は、お客様が支払った直近の年会費を上限とします。 これらの免責及び責任の限定は、法律上許容される限度において適用され、退会又は解除によりその効力は失われません。お住まいの国や地域によっては、法律により、特定の損害について免責又は責任限定が許されません。もしこれらの法律がお客様に適用される場合には、上記の免責又は責任の限定の規定の全部又は一部は適用されず、お客様は上記規定に関係なく損害賠償請求ができます。
下のボタンをクリックして今すぐお申し込みいただけます。お申し込み完了後、この注文に新しい配送料が適用されます。今回お申し込みされない場合でも、申し込みページからいつでもAmazonプライムの会員登録ができます。
後でお申し込みされる場合は、この注文にAmazonプライムのサービスは適用されませんのでご了承ください。
支払い情報は最新のものですか? 指定したクレジットカード番号や有効期限を更新する必要がないか、必要に応じて確認してください。
配送方法はお急ぎ便ですか? 商品詳細ページの右側にある通常の1-Clickボタンを使用する場合は、お届け先への配送方法を確認してください。Amazonプライムのサービスを便利にご使用いただくには、配送方法を通常配送からお急ぎ便に変更する必要があります。
1-Click機能を利用して注文するのではなく、ショッピングカートを使用して注文する場合は、ショッピングカートに商品を入れて通常どおりレジに進んでください。「注文内容」ページには、以下が表示されます。
できるだけ早くお届けするように、商品は初期設定で「準備ができ次第発送」されるように設定されます。追加料金は発生しません。
家族に登録案内をおくるには、名前、続柄、Eメールアドレス、誕生日をそれぞれのフィールドに入力して、「登録案内を送る」をクリックします。入力したEメールアドレス宛てに、Eメールが自動的に送信されます。登録案内を受け取られたご家族の方はEメールの中にあるリンクをクリックし、サイト上にて登録手続きを完了してください。なお、登録案内を送ったお客様の誕生日を入力する必要がありますのでご注意ください。
家族会員を削除するには:削除する家族名の横にある「削除」ボタンをクリックします。削除された家族会員には、お知らせEメールが自動的に送信されます。
お急ぎ便は、日本国内への発送のみにご利用いただけます(一部地域を除く)。お急ぎ便対象外の商品については、通常配送をご利用いただけます。
このサービスは、法人アカウントをお使いの方、業務目的で商品を購入する方、再販目的で商品を購入する方はご利用いただけませんのでご了承ください。
Amazonプライムのサービス対象商品がご注文の一部に含まれる場合には、対象外の商品には該当する送料が請求されます。
商品は陸路または空路を使用して発送されます。このオプションは配送業者指定の配送サービスとは対応しません。
Amazonプライムの会員は、会員登録後、サービスを共有できる家族の方も含め、一度もサービスを利用されていない場合は、キャンセルすることができ年会費の払い戻しを受けることもできます。
会員登録は、毎年自動的に更新されるように設定されています。「アカウントサービス」から会員ページにアクセスすれば、自動更新しないように設定したり、更新時に支払い方法を変更することもできます。
下のボタンをクリックすると、上記の商品をショッピングカートに入れるとともに、年会費¥ 3,900でAmazonプライムの会員登録の手続きができます。年度の年会費、¥3900 は、お客様が選択したクレジットカードに請求させていただきます。また、お客様がAmazonプライムの会員登録を更新し続ける場合は、毎年、このクレジットカードに請求させていただくことになります。会員登録は、「アカウントサービス」でいつでもキャンセルすることができます。会員登録をキャンセルすると、次年度の年会費は、クレジットカードに請求されません。また、Amazonプライムの特典を一度も使っていない場合、会員登録をキャンセルし、年会費の全額返金を受けることができます。有効期限切れなど、なんらかの理由によりご指定のカードが使用できない場合、アカウントサービスに登録してある別のクレジットカードを選択させていただきます。
下のボタンをクリックすると、会員規約に同意したことになり、登録されているクレジットカードに年会費を請求します。
今から以内にレジに進み、「お急ぎ便」オプション(有料)を選択して注文を確定されたご注文が対象です。 詳しくはこちら
選考委員満場一致 第1回パピルス新人賞受賞作! 「力のある第1回受賞作」 石田衣良 「作者の力わざに感嘆した。すごい」 あさのあつこ 小学校の卒業式で起きた同級生の刺殺事件をきっかけに、団地という狭 い住処から外に出られなくなった少年・渡会悟。悟は団地で友達を作 り、恋をし、働き、団地の中だけで一生を過ごす決意する。だが月日が 経つにつれ一人また一人と同級生は減っていき、最愛の恋人すらも彼の 前を去ろうとしていた――。限られた狭い住処で生きようとした少年 が、孤独と葛藤を引き受けながらも伸びやかに成長する姿を描く、極上 のエンターテインメントであり感動の物語!
久保寺健彦 1969年東京都生まれ。立教大学法学部卒業。早稲田大学大学院日本文学研究科修士課程中退。進学塾に勤務する傍ら小説を執筆。2007年「すべての若き野郎ども」で第1回ドラマ原作大賞選考委員特別賞を、「みなさん、さようなら」で第1回パピルス新人賞を、「ブラック・ジャック・キッド」で第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞をそれぞれ受賞。本書がデビュー作となる。
団地内から一歩も外へ出ないという特殊な状況に身を置く主人公ですが、それに違和感を感じることなく読み進める事が出来ました。最初は中一の息子にも読ませるつもりで買いましたが、内容を読むと(性描写など)少し早すぎる部分があるので大人だけで愉しむ事にしました。しかし、ここで語られている内容はいたって真面目で、ひたむきで、共感できるところが多く、もう少し子供が大きくなれば是非読ませたいと思わせる内容でした。後半はどのように話は集結していくのか(ページ数も少なくなってきたので)少しハラハラしましたが、納得できる結末になっており、最後はうるっときてしまいました。この一冊を通して少年時代から、大人になるまで心の成長を読んでいくことになりますが、主人公の性格付けがキチンとしているため実話にような錯覚を覚える程でした。狭い世界に生きているからこそ、限られた人との繋がりを大切にする、またそれが崩壊していく事に心悩む様が強く伝わって来ました。極端な状況での物語ですが、自身にもあてはまる心理であり、通ってきた経験と照らし合わせ懐かしい気持ちにさせられました。それは、きっと誰もが狭い世界から人生をスタートするからだと思います。
小学校卒業以来自分の住む団地から出られなくなり
団地内で生活して行こうと決めた少年の話。

文章構成は『ブラックジャック・キッド』に似てましたね。
過去から現在までを順を追って話していくという感じ。

最初は主人公・悟に共感できなかったな。
何故、団地内で一生生きていくと決めたのか。
担任の教師が言うように
狭い世界の中で生きていくことは
いろんな意味で大変なのではないかと。
でも、悟が団地から出られなくなった理由を知ると
さもありなん、と。

団地という狭い世界ながら
悟はしっかりと自分の居場所を見極め、
ちゃんと働き、手に技術を持ち、
婚約まで済ませ、
それなりに生活できている。

まぁ、その辺は面白く読めました。

後半からは一転して悟の悩みもクローズアップされ
暗い話も出てきますが、
全体的には良作だったと思います。

最後にやっぱり母の愛は偉大だな、と感じた次第です。

ある事件をきっかけに団地の外へ出られなくなった主人公が、団地を出るまでの約18年を追った青春の軌跡。
前書きを読んだときはずいぶんと逼塞した話しだろうと思っていましたが、読んでみたら、団地内で前向きに、そして強かに青春を謳歌している主人公に思わず頬が緩みました。
団地の外へ出られない主人公に対し、私たちは自由にコミュニティを替えることが出来ます。
でも、日本から外へ出たことが無い人も中にはいます。また、住所と職場の往復のみで満足している人もいるはずです。
この物語は単に他人事では無く、狭い世界にいることを認識していないことへの戯画化だと思いました。
評価がいまいち伸びなかったのは『ブラック・ジャック・キッド』に比べて少し及ばないと思いましたので、区別する意味でこの評価になりました。

ラジオで紹介されていたのを聞き、早速購入しました。
展開の運び方に特徴があり、最終章での突然の展開は
爽快感すら感じさせるものでした。...
1回パピルス新人賞受賞作★小学校の卒業の時に起こった事件をきっかけに団地から抜け出せなくなった渡会悟。限られた範囲で行きて行く悟の元から一人一人と去って行き…。...
※ 「この商品について語る」では、「この商品について語る」ガイドライン等に基づき、評価の高低等にかかわらず、お客様の自由な投稿を掲載しています。商品のご購入の際はお客様自身でご判断下さい。

 

戻る

マイワンのサイトです。

マイワンのサイトです。