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カウントとは?/ マイワン

[ 498] エンカウント - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88

ランダムエンカウントの場合は、その確率を操作することで、ゲームバランスをゲームデザイナーの意図したレベルに調整することが比較的容易である。エンカウントが起こる確率はエンカウント率(エンカウンター率)と呼ばれる。例えばキャラクターが移動するごとにエンカウント判定がなされる場合、エンカウント率は次の式によって算出される。
(実際は制作者が設定したエンカウント率に基づいて敵が出現するのであり、この式はプレイヤーが得られる情報からエンカウント率を推測する手段に過ぎない)
エンカウント率は、ゲームの良否にも関わる重要な問題で、慎重な設定が要求される。ファミリーコンピュータ(ファミコン)全盛期のRPGなどはエンカウント率が非常に高い、エンカウント発生後数歩の間は再び発生しないようする措置を施していない等の理由で、ユーザーにストレスを与えることが少なくなかった。
ただし「1歩」の定義や移動速度の違い等などによって、数値上のエンカウント率が同じでも体感的なエンカウント頻度は大幅に変わるので、この値だけを用いて単純に評価することはできない。さらに、マップの広さや戦闘に要する時間もエンカウント率と関連づけて考慮しなければならない。
同じゲームにおいても、場所や状況によってエンカウント率が異なることもある。平原や海のような開けた場所は低く、山や森などの見通しが利かない場所や夜間は少し高めに設定されており、ダンジョンでは野外よりも高めに設定されているのが通例である。
戦闘はヒットポイントやマジックポイントの消耗につながるため、なるべく避けようとするプレイヤーも多い。そのため一定時間中、エンカウント率を下げたり、ランダムエンカウント自体を無くす魔法やアイテムが存在するゲームも多くある。ドラゴンクエストシリーズの「しのびあし」「せいすい」「トヘロス」等が代表格。
一方で、戦闘は経験値やアイテムを得る手段でもあるので積極的に求めることもある。この要求を満たす手段の例として、『ドラゴンクエストIII』における「おうごんのつめ」(ファミコン版。所持中はエンカウント率が大幅に上昇)、「ぎんのたてごと」(使用すると必ずエンカウントが発生)などが挙げられる。
フィールド上にあらかじめ敵の形が見えており、プレイヤーキャラクターがそれらの敵キャラクターと接触することにより戦闘が始まる形式をシンボルエンカウントという。『ロマンシング サ・ガ』、『MOTHER2』、『スーパーマリオRPG』、テイルズシリーズ(シンフォニアチームによるもの、外部制作の『テイルズオブイノセンス』も含む)、『ヴァルキリープロファイル』以降のトライエース作品などで導入されている。基本的に、はじめはうろついているが、プレイヤーキャラを発見するとスピードを上げて追ってくることが多い。これらの形式の中には、接触した時の両者の方向関係によって、戦闘開始時の展開が変化するタイトルもある。例えば、プレイヤーキャラクターが敵に背を向けた状態で接触したとき、敵からの先制攻撃など不利な状況戦闘が開始し、一方で敵の背中から接触すると、先制攻撃のチャンスが得られる。
シンボルエンカウントの場合には通常リアルタイムでシンボルが移動するため、難易度がプレイヤーの反射能力に大幅に依存することになり、人によっては非常に難しいゲームとなってしまうこともある。しかしながら、ランダムエンカウントのような謎解き中にエンカウントするフラストレーションから解放される利点は高く、また、エンカウント数を極端に減らすことも可能なので上級プレイもやりやすくなる。このことから、特にゲームに慣れたプレイヤーからは概ねこちらのほうが好まれる傾向にある。
シンボルエンカウントにおいては、戦闘回避を補助する方法として、一定時間中フィールド上を高速で移動する手段が存在することがあるが、何らかの対価が求められることが多い。『ロマンシング サ・ガ』シリーズ(2・3および1作目のワンダースワンカラーリメイク版)ではBダッシュが可能だが、ダッシュ中に敵に触れるとプレイヤー側に不利な状態で戦闘が開始する。『MOTHER2』ではアイテム「スキップサンド」を食べることで一時的な高速移動が出来るようになる。ほかにも、テイルズオブシリーズのホーリィボトルのように、敵にプレイヤーを追わせず避けさせるようにするアイテムもある。
エンカウント率や敵シンボルの有無に関係なく、ある地点や区域を通過すると強制的に戦闘が始まる場所をエンカウントゾーンと呼び、そのことを強制エンカウントと呼ぶ。特定の場所を調べたり、特定のキャラクターとの会話・接触によって戦闘が発生する場合も強制エンカウントである。
いわゆるボス戦や、宝箱や通路に仕掛けられた罠として戦闘が発生するケースがこれに当たる。殆どの場合逃げることができない。
『ゼルダの伝説』や『イース』に代表されるアクションRPG、および多くのMMORPGでは、フィールド画面とバトル画面との区別が無く、フィールド画面上に存在する敵キャラクターと直接戦闘することができる。つまり、これらのゲームでは「エンカウント」という概念そのものが無いのである。
一般的なRPGの大部分は、前項までに説明したランダムエンカウントかシンボルエンカウントかのいずれかが採用されていた。しかし、2006年に発売された『ファイナルファンタジーXII』では、アクションRPGなどと同様の戦闘システムが採用され、「ADB(アクティブディメンションバトル)」と呼ばれている。

 

[ 499] カウント・ベイシー - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%BC

ニュージャージー州の小都市レッドバンク生まれ。母親から教わったピアノの腕を生かし、1924年よりブルース歌手の伴奏とソロ演奏を主にプロ活動を開始する。その際、仕事で訪れたミズーリ州カンザスシティで多くのジャズミュージシャンと出会う。ウォルター・ペイジ率いる「ブルー・デビルズ」に参加、その後1929年に加わったベニー・モーテン楽団で、リーダーのベニー・モーテンが1935年に亡くなると、自らがバンドリーダーとなりジャズオーケストラを結成し、このころから「カウント・ベイシー」の愛称を用いるようになる。また同じ頃、ベニー・グッドマンとその友人でジャズ評論家のジョン・ハモンドに評価されたことで注目されることとなる。
1936年末にシカゴのクラブを経てニューヨークへ活動拠点を移し、自身のビッグバンド“カウント・ベイシー・オーケストラ”を結成。1937年にデッカ・レーベルから発売された「ワン・オクロック・ジャンプ」をはじめ、アルバムでそのシンプルかつ絶妙なサウンドが好評を博し、一躍国際的名声を得る。ポール・ホワイトマンに「オール・アメリカン・リズム・セクション」と絶賛された、強力なリズムセクションをバックに従え、「プレス」ことレスター・ヤング(T.Sax)(愛称の“プレス”はサックスの大統領という意味で、恋仲だったビリー・ホリディが名付け親)、ハーシャル・エバンス(T.Sax)、アール・ウォーレン(A.Sax)、バック・クレイトン(Tp)、ハリー・“スウィーツ”・エディソン(Tp)(スウィーツの名付け親は“プレス”ことレスター・ヤング)、ディッキー・ウェルズ(Tb)らのソリスト陣がバトルを繰り広げ、「オールド・ベイシー」と呼ばれる初期の黄金時代を築いた。妻キャサリンと結婚したのもこのころ(1942年)である。又この頃には専属シンガーとして「ミスターブルース」「シャウター」のあだ名を持つジミー・ラッシング、「レディ・デイ」の愛称を持つビリー・ホリディ(レディ・デイの名付け親もレスター・ヤング)、ヘレン・ヒュームスがいる。この時代の曲はヘッドアレンジを生かし、ブルースナンバー・リフナンバーが多かったが、ベイシー特有のジャンプするリズムで大変「スウィング」していたといわれる。
1940年代後半から末にかけて、第二次世界大戦後の不況でバンドの興行的経営が成り立たなくなったことやビッグバンドスタイルそのものの低迷も相まって、数々のビッグバンドが活動休止や解散に追い込まれる。カウント・ベイシー・オーケストラも例外ではなく、バンドは一時解散となり、ベイシーもジャズ・コンボでの活動を余儀なくされた。しかし、1951年にオールドベイシー時代の盟友フレディ・グリーン(Gt)と共にビッグバンドを再結成、新たにサド・ジョーンズ(Tp)、フランク・フォスターらを迎えて活動を再開する。後にヴァーヴ・レコードと契約し、ニール・ヘフティやクインシー・ジョーンズら新進気鋭のアレンジャーを起用して数々の名盤を残す。初期の「オールド・ベイシー」に対して「ニュー・ベイシー」と呼ばれるのがこの時代である。
1968年には米国空軍バンドのアレンジャーであったサミー・ネスティコを迎え、カンサスシティ・ジャズの伝統をベースにしつつモダンなアレンジが再び高い評価を得る。このころジョー・ウィリアムズやエラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラらのボーカリストなどとの競演も果たす。
ベイシーのピアノスタイルは、ファッツ・ウォーラーに師事したこともあり、ストライドピアノスタイルであり、その腕はかなりの物だったと言われる。ビッグバンド演奏の中ではストライドピアノを封印し、「ワンノートスタイル」と呼ばれるシンプルな演奏方法で、「節約奏法」とも揶揄された、音楽的に必要な場所だけピアノを「叩く」スタイルに変わっていった。
カウント(Count)は伯爵を意味する。メディアでは「カンサス・シティのラジオ・アナウンサーがカウント・ベイシーと呼んだ事に発している」と伝えられる。当時は、デューク(公爵)・エリントン、バロン(男爵)・リーのように、ジャズミュージシャンには皇族の呼称をニックネームとする事例が多かった。しかし実際はベイシー自身がカウント・ベイシーと名付けた。
カウント・ベーシー・オーケストラのリズム・セクションはフレディ・グリーン(Gt)、ジョー・ジョーンズ(Dr)、ウォルター・ペイジ(Bs)、カウント・ベイシー(P)で構成され、「オール・アメリカン・リズム・セクション」と称されるほどの実力を誇った。
初期のメンバーは楽譜が読めない者が多く、耳に頼ってアンサンブルを構成することも多かった。そのため現在でも一部の楽譜には、はっきりと音階が記入されてないものもある。

 

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