品川とは?/ マイワン
[ 178] 品川庄司 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%81%E5%B7%9D%E5%BA%84%E5%8F%B8
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2人共に東京吉本総合学院・東京NSCの第1期生であり、1000人ほどいたNSC第一期生で現在も吉本興業で活動しているのは品川庄司を含め3人だけである(もう一人はピン芸人の山田あさこ)。大阪NSCではランディーズ、笑い飯の西田幸治、ストリークなどと同期にあたり、フットボールアワー、ガレッジセールなどに対しては、ごく僅差で後輩(アメトークルールでは先輩)にあたる(他事務所では東京ダイナマイトのハチミツ二郎、ルーシーの穴井一久も東京NSC1期生)。1995年コンビ結成。 当初のコンビ名候補は「ミサイル」「オレンジジュース」などで一時そのコンビ名で活動していたこともあるがいまひとつだったため、現在はNSCで仮に決めた「品川庄司」に戻して活動している。 本格的なしゃべくり漫才からコントまで、幅広いジャンルをこなす。ネタの台本のほとんどを品川が作成している。 以前、庄司に漫才ネタを書いて貰ったところ、二人でやるネタなのに登場人物が三人になっていた為、その後はすべて品川が台本を書くようになった。 あまり知られていないが『爆笑オンエアバトル』にも出場経験がある。第3回チャンピオン大会ではファイナル進出を果たしたが、ボール2個差で惜しくもルート33に敗れチャンピオンを逃した。 中川家と共に2000年代のお笑いブームの少し前に売れてしまった為、「自分達はお笑いブームに上手く乗れていない」と発言する事がある。だが、雛壇芸人として活躍しており、ゲスト出演も多い。そのため、決して勢いだけではなく、お笑いブームの中で安定している芸人である。 尚、M-1は知名度の低い若手漫才師のプロモーション的側面があるが、紳助は「あれだけ売れてるのに参加するとは偉い」と品川庄司を誉めている。 家庭訪問企画中に品川が庄司の家を荒らし「次に無茶したら退場」と警告を受ける。だが翌週のシチュエーションコント企画で品川の肛門を見せる下ネタを執拗に繰り返したため、1年間出入禁止に。ただし目出し帽を着用して「マスクマン」として出演継続。2005年1月1日のスペシャル、恒例の「露天風呂だるまさんがころんだ」中にマスクが取れて復帰。 原作・脚本を品川祐が担当。主演を品川と庄司がこなすのが基本スタイル。 コント作品では、TVのバラエティで見せるお調子者の顔以外にも、品川祐が高い作家性を見せるとともに、庄司智春が自然でかつ表情豊かな演技を見せる、2人のエネルギーが感じられる作品が多い。 短編作品の1つ1つもさることながら、最初から最後まで通しで鑑賞すると、その良さが倍増する快作。ライブをするにあたり、歌や振り付けなども含めて2人が半端でない稽古をしていることを感じさせる盛りだくさんの内容。ムーディー清彦・オタクの少年初出。 父親の秘密を求め、立ちふさがる8人の番長(品川)に1人の不良(庄司)が立ち向かう。多彩なキャラクター満載のじっくり観せる単独コントライブ。ジャンプ的バトル展開とコロコロ的ベタギャグが織り成すコントは品川台本の本領と言えよう。ハイセンス男・ウワサ大好き男初出。 品川と庄司は孤児院出身で現在は「悪の組織」に就職し「正義の味方」と戦う下っぱ戦闘員になっている…という設定の長編コント。どん底の境遇から脱出するためにも庄司は「怪人」になる改造手術を受ける決意をするのだが…。友情や裏切り、思いやりと誤解などの要素を盛り込みながらギャグ満載で物語は進行するが、涙と笑いのクライマックスシーンは必見。全編に流れる2丁拳銃の曲の良さも手伝い、5分や10分のコントでは決して味わえないインパクトを残してくれる傑作。ハローバイバイの金成公信が友情出演、またヒーロー・イーグルマンの声をあべこうじが当てている。 気の抜けた警官二人、ホスト、元ワルとオタク、3つのストーリーの筋が後半に向け一点に収束していく。「INSTANT」と系統は同じだが、2人のパワーはもちろん品川の作品を創るテクニックが円熟してきたことを感じさせる安定感抜群の作品。森三中の村上知子が友情出演している。 |
[ 179] 品川駅 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%81%E5%B7%9D%E9%A7%85
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線路名称上は、当駅を通るJRの路線は東海道本線、山手線(当駅が起点)のみである。詳細は各路線の記事および鉄道路線の名称等を参照されたい。なお、所属線は東海道本線である。 品川駅は西側から京浜急行電鉄、JR東日本、JR東海の大きく分けて3つの部分で構成される。前身が同じ国鉄であるJR東日本・JR東海が会社ごとに分かれているのは、東海道新幹線の駅が路線開業当時になかった上、分割民営化後に開設されたためである。 品川止まりの列車は一旦泉岳寺寄りにある引き上げ線に入ったあと折り返し作業を行い、改めて1番線に入線する。一部列車は3番線にそのまま入線する。また、京急川崎方面からの普通は当駅で終着となる。 当駅は現在途中駅ながら本線の起点のままという扱いである(泉岳寺駅も京急の駅であるが支線の扱い)。当駅と泉岳寺駅の間も京急本線であるが、当駅から京成の種別(もしくは普通)に変更されるため、「快速」「通勤特急」などの表示を目にすることがある。 このため、当駅から種別が京成式に変更された場合は当駅発車後、変更された種別で放送する。 中央に位置し、山手線、京浜東北線、東海道線、横須賀線のホームがある。島式ホーム7面14線と単式ホーム1面1線で構成され、西から1番線〜15番線と並ぶ。東海道線は5・11番線が本線である。 また、京浜急行電鉄と1・2番線ホームの間には、山手線の留置線が数本ある。南側コンコースの西側には京急の窓口や京急との乗り換え改札があり、京急の下りホームに直結している。構内には駅ナカ商業施設として「ecute 品川」「Dila品川」がある。また田町駅との間に新駅を作る動きがある。 7〜10番線は臨時ホームである。東海道線・横須賀線の早朝・深夜にある品川発着の列車は臨時ホームを使用している。品川終着の「湘南ライナー」も臨時ホームに到着する。時折行われるジョイフルトレインなどの鉄道車両の展示イベントのほか、東海道線や横須賀線のダイヤが乱れたときに使うことがあり、湘南新宿ラインが大崎駅ではなく、当駅臨時ホーム発着になることもある。団体列車などの臨時列車の発着にも使われる。 臨時ホームの駅名標は、両隣の駅が川崎駅、新橋駅で、東海道線に準拠したものになっている。配線の関係で上りは田町車両センターに直結しており、直接新橋・東京方面には入れない。下りは東海道線以外に横須賀線(西大井方向)・山手貨物線(渋谷・新宿方向)への運転が可能である。 新幹線が東海道新幹線しかなく、高速道路網も未整備で鉄道輸送のシェアが大きかった1960年代まで、旧盆や年末の最混雑時に、東北方面(奥羽本線、磐越西線方面が主力だった)への下り臨時急行列車が品川駅臨時ホーム始発、山手貨物線経由で運行されたことがあった。当時の東北方面へのターミナル駅である上野駅の混雑を緩和する目的で設定されていた。 2008年3月15日のダイヤ改正より、横須賀線13・14番線ホームと新幹線21・22番線の間に新設された1面1線の単式ホーム15番線の使用が開始された。これにより横須賀線列車の品川折返しが可能になるため、「成田エクスプレス」始発・終着列車および総武快速線の品川終着列車が新設される。湘南新宿ライン増発により横須賀線東京〜品川間の運転が減少傾向にあったが、この15番線ホームの利用で改善される予定である。また、湘南新宿ラインは異常時に臨時ホームで折返すことで、東海道線の遅延を招いていたが、一部このホームや14番線を使うことで他線区への影響を抑えられる。なお横須賀線・総武線(快速)の品川〜東京間は運転系統上の横須賀線であるが、品川駅・新橋駅の上りホームの案内は「総武線(快速)」のみである。 本節において、外部の個人サイトやブログ・電子掲示板などを出典とする記述や投稿者個人の推定に基づく記述、投稿者個人が目撃した事象の記述を投稿するのは検証可能性を満たさない独自研究に該当しますのでご遠慮ください。なお、警告無視の編集は、荒らし行為として差し戻し、最悪の場合は半保護や保護がかかる場合があります。 東側に位置する、島式2面4線のホーム。ホームはS字状にゆるくカーブし、本線側に可動柵、副本線側に固定柵が設置されている。東京寄りに引き上げ線3線があり、折り返し可能である。1990年代半ばまで、現在の新幹線ホームおよび、その東側は、品川機関区(東京機関区とは別)や貨物取り扱い施設、新幹線の車両基地があった。 東海道新幹線品川駅が建設された理由として、品川折り返し列車の設定による東海道新幹線の輸送力増強(東京駅から東京第一車両所・東京第二車両所に出入する回送列車との競合を回避することで、毎時4本の増発が可能であるとされた)が大きな目的とされているが、2003年10月1日の開業以降しばらく品川折り返し定期列車は設定されていなかった。2007年7月1日のダイヤ改正において、同日営業運転を開始したN700系による、当駅6:00始発の「のぞみ99号」博多行きが新設された。 ホーム上には売店等の店舗はない。ホーム上のコンコースおよび改札内にいくつかの店がある。改札内の待合室を兼ねるコーナーには一部に無線LANコーナー(電源付き)がある。新幹線ホームは駅舎の内側にあるため、地下駅のようになっている。上下線とも外側が本線(通過線)となっており、転落防止のためにホームドアが設置されている。 JR貨物の駅は、車扱貨物の臨時取扱駅となっており、定期貨物列車の発着は無くなっている。しかしながら、JR東日本の新型車両輸送列車が年に数回発着している。 1994年までは、定期列車として紙輸送列車が発着しており、日本製紙が使用していた倉庫の専用線があった。石巻港駅や伏木駅などを発駅とし、有蓋車(ワム80000形)で列車は編成されていたが、コンテナ化され廃止になった。なお、倉庫は改修され田町CKビルとなっている。 また、1980年に廃止されるまで駅南東には広大な貨物ターミナルが広がり、コンテナホームや海上コンテナの荷役作業に用いるクレーンなどが設置されていた。 東京南部のターミナル駅であるため、以前から乗り換え客で混雑する駅であった。近年では1998年の京急羽田空港乗り入れ、2003年の東海道新幹線の駅開業、駅周辺での大規模な再開発の進行などにより、都内では数少ない利用者数が増加している駅である。 2003年10月1日に東海道新幹線の駅が開業し、新幹線に乗るのに今までは東京駅を使っていた人のうち、2万9,000人ほどが当駅を利用するようになったといわれる。港区、品川区、目黒区、渋谷区、大田区、世田谷区、川崎市南部、あるいは渋谷駅、目黒駅などで接続する私鉄・地下鉄沿線など、東京南西部地域における利便性が向上した。東京駅との距離が僅差(約6分)にも関わらず、開業の影響は絶大である。これらの地域は東京駅よりも羽田空港の方が近かったため、これまで航空機を利用していた乗客を新幹線に移行させる効果も期待されている。 横須賀線および総武線快速は、東京駅での発着ホームが新幹線ホームから遠く離れた地下に位置しているが、品川駅では新幹線ホームに隣接した地上にあるため、乗り換えには当駅の利用が便利である。日中時間帯の下りは、毎時30分発の「こだま」名古屋行きの次に停車する列車は、58分発の「のぞみ」博多行きとなっていて、その間30分近く空白となっていた。この問題は、2008年3月15日のダイヤ改正により全ての新幹線が停車するようになったことで解消された。 駅ビルと呼べるほどの施設はないが、京急グループの複合商業施設「ウィング高輪EAST」が併設されている。長距離バスの始発点である品川バスターミナルにもほど近い。第一京浜沿いのビジネス街に並んでいるほか、高輪、白金、池田山などの高級住宅街を後背に控えている。 1977年1月4日の青酸コーラ無差別殺人事件は、当時の品川スポーツランド(現・品川プリンスホテル本館)前にあった電話ボックスで発生した。 従来、工場や倉庫などが広がる地帯で、駅からこの側に出るには駅から離れた場所にある非常に長い地下通路を通らなければならなかったが、貨物ターミナルや新幹線車両基地(旧東京第一車両所、1992年移転)の跡地が再開発され、1994年に品川インターシティ、2003年に品川グランドコモンズがオープンして、都内でも有数のオフィス街となった。さらに、新幹線品川駅が開業し名古屋・関西地区とのアクセスが向上したこともあって、企業の本社等の集積が進んでいる。 近年、再開発によるタワーマンションの建設ラッシュが進んでいて、湾岸戦争とまで言われるようになった。これは昨今の不景気により企業が負債圧縮のため、数多く所有していた倉庫などの敷地を手放し、不動産業者などに売却したためであると言われている。 朝ラッシュ時は駅から港南口方面の企業へと出社する大量の会社員で駅通路や歩道が埋まり、港南口側から駅を利用する場合、日中に比べると改札口に到達するだけで数分ほど余計に時間が掛かることがある。 また、アクアライン高速バスの「品川駅 - 袖ヶ浦バスターミナル - 木更津駅」が発着しており、木更津市や袖ヶ浦市といった房総半島西部への玄関口ともなっている。同路線は定期券の導入・深夜バス運行などにより、東京地区への通勤路線の一端を担っている。 [ 夜行高速バス ] 弘前・五所川原・宮古・仙台・名古屋・名張・大津・京都・大阪梅田・福知山・舞鶴・岡山・倉敷・岩国・徳山・鳥取・倉吉・米子・萩・徳島・新居浜・今治 (京急および共同運行会社) 品川駅の西口側は三田〜高輪台にまたがる台地の裾野に位置する。開業当初、線路は海岸線に沿って建設され、線路よりも東側は海であった。港南側の大部分は明治時代以降に埋め立てにより造成された土地である。 新橋駅よりも先に開業したことになり、桜木町駅とともに日本一古い鉄道駅の1つということになる。そのため現在、東海道本線のホームの発車時のメロディーが『鉄道唱歌』となっている。同歌において品川は、第1集東海道編第3番に「窓より近く品川の 台場も見えて…」と歌われている。 これ以前には、品川駅には線路を越えて東西を結ぶ自由通路が設置されておらず、東口方面と西口方面を歩いて行き来するには、入場券を購入して駅の改札内を抜けなければならかった。その関係で当駅には入場券の定期券を購入する利用者が多く存在した。東西連絡通路の完成で、これが解消されることとなった。 かつての品川駅には、西口改札を入って左にある階段を降りたところに、JR線の各ホームへ向かう連絡通路が設置されていた。この連絡通路は地下にあったため豪雨で冠水することがあり、これが原因で列車の運行に支障を来したこともあったが、駅の橋上化により解消された。 駅名は品川駅ではあるが、所在地は東京都品川区ではなく東京都港区で、古来からある宿場町としての品川よりは北に位置している。当駅の南にある京急本線の駅が「北品川駅」となっているのは、このためである。 |
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