岐阜とは?/ マイワン
[ 365] 岐阜県 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E9%98%9C%E7%9C%8C
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東海地方と区分されることも多い。この場合、愛知県・三重県・静岡県とともに4県(東海4県)または愛知県・三重県とともに3県(東海3県)を指す。 北部の飛騨地方の大部分は、標高3000メートル級の飛騨山脈をはじめとする山岳地帯であり、平地は高山盆地などわずかである。一方、南部の美濃地方は、愛知県の伊勢湾沿岸より濃尾平野が広がり、低地面積が広い。特に南西部の木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)合流域とその支流域には、水郷地帯が広がり、海抜0メートル以下の場所も存在する。この地域には水害から身を守るための輪中と呼ばれる堤防で囲まれた構造あるいはその集落がある。このような岐阜県の地形の特徴を表して、飛山濃水という言葉がある。 岐阜県の河川は6つの水系からなる。飛騨地方北部は日本海へと注ぐ神通川水系および庄川水系流域、飛騨地方南部は太平洋に注ぐ木曽川水系流域である。美濃地方の河川は大部分が太平洋へと注ぐ。西濃・岐阜・中濃地方と東濃地方北部は木曽川水系流域、東濃地方南部は、庄内川水系および矢作川水系流域である。なお、旧越前国である郡上市白鳥町石徹白地区は日本海へと注ぐ九頭竜川水系流域である。 各県との県境は、ほとんどが山地山脈である。ただし、愛知県尾張地方との県境の大部分および三重県との県境の一部は、木曽川、長良川、揖斐川などの河川が県境となっている。 美濃地方は低い山に囲まれているということもあって、夏は暑く冬は寒い。特に東濃の多治見市では毎年国内の最高気温を記録する(2007年8月16日、国内過去最高気温となる40.9度を記録した)。夏期には内陸性の気候に加え、近年のヒートアイランド現象、さらに西風が吹いた際には関西地方の熱風が伊吹山系によりフェーン現象を起こしてさらに気温が上昇するため、高温を記録することが多く「岐阜が日本で一番暑苦しい」と言う人も多い。一方飛騨地方は標高も高いこともあり気温は美濃地方と比べると平均して低いが、夏期には猛暑日を記録することもしばしばである。冬期は内陸山間部では気温が低く、特に高山市荘川町六厩(むまや)は、本州の人が住んでいる土地では一番寒いと言われている。 旧信濃国部分⇒1958年 長野県西筑摩郡神坂村の一部が岐阜県中津川市に編入(馬籠地区は山口村に編入) 千本松原県立自然公園、揖斐県立自然公園、奥飛騨数河流葉県立自然公園、宇津江四十八滝県立自然公園、恵那峡県立自然公園、胞山県立自然公園、裏木曽県立自然公園、伊吹県立自然公園、土岐三国山県立自然公園、位山舟山県立自然公園、奥長良川県立自然公園、野麦県立自然公園、せせらぎ渓谷県立自然公園、天生県立自然公園、御嶽山県立自然公園 美濃国は、日本のほぼ中心として、昔から雌雄を決する合戦の舞台となった。古くは大海人皇子がこの国を拠点に挙兵した壬申の乱(672年)があった。 中世に入ると、土岐氏が守護を務める。戦国時代になると、斎藤道三や織田信長の活躍の舞台となり、その後、徳川家康と石田三成による関ヶ原の戦い(1600年)も行われた。 県名の由来 1級史料の信長公記から引用。織田信長が、美濃国を攻略した際に、稲葉山の城下の井口を岐阜と改めた。江戸時代中期の尾張藩の記録の安土創業録、濃陽志略にも信長命名とある。ただし、異論もある。明治18年出版の岐阜志略(増補岐阜志略);長瀬寛二著 出版地 岐阜では、信長命名以前から岐阜であったと主張している。岐阜市史などでは、仁岫宗寿の仁岫録(成立年代不明)、梅花無尽蔵、東陽英朝の語録などに、岐阜、岐阜陽、岐陽という語句があるという。 江戸時代、徳川幕府は豊かな美濃に強大な大名が生まれることを恐れ、美濃を小藩に分割した。最大でも大垣藩の10万石であった。その他に苗木藩、岩村藩、八幡藩、高富藩、加納藩、尾張藩附家老の竹腰氏の今尾藩、尾張藩分家の高須藩そして交代寄合旗本の竹中氏陣屋。飛騨国は、古くは大変貧しい国であったため租庸調の税を免れたが、その代わり、都で飛騨の匠としての大工の労役を課せられた。江戸時代は、木材や神岡鉱山に目をつけた幕府が、直轄の天領として統治した。 5年毎に実施される国勢調査の結果、日本の人口重心が決められるが、現在、岐阜県内を東(東京方面)に移動中である。2000年の国勢調査では、武儀郡武儀町(現・関市)内となった。 各務原市では川崎重工業や三菱重工業などの航空産業や、自動車産業に関連した金属加工等の製造業が盛んである。 土岐市、多治見市、瑞浪市の東濃西部で作られる陶磁器は美濃焼と呼ばれ、全国シェア50%以上で岐阜県は陶磁器生産日本一である。 明治以降、岐阜市周辺では繊維工業が盛んであったが、昭和40年代以降大規模な工場の撤退が行われ、衰退した。大規模な工場の跡地は大型商業施設や、学校、公共施設などに利用された。 大垣市ソフトピアジャパン、各務原市VRテクノジャパンを設立しベンチャー企業の育成を図るなど、IT産業の育成に力を注いでいる。 岐阜市では戦後、軍服や古着を売る繊維問屋街ができ、さらに布を仕入れて服を作って売るアパレル産業が盛んになり、全国的な産地となった。近年、東京や名古屋に押され、問屋街は衰退傾向。ファッションの産地としての生き残りを図るには岐阜の個性ある特徴を打ち出すのが課題である。 県の多くが山岳地のために林業が盛ん。ヒノキの産出量では国内でも有数であり、県内には木材を扱う業者が多い。また、切り出した木を使用した木工品などの工芸品の生産に力を注いでいる。 ※産経新聞とサンケイスポーツについては、一部大阪本社発行・早版(6版)を輸送するが、締め切り時間の関係上(18時締め切り)紙面内容が近畿・中四国・北陸地域とは1日遅れでの掲載となる場合がある。また産経新聞の県域版は現在掲載されていない。宅配は中日新聞販売店を通して委託販売となる。 中京広域圏をエリアとする中部日本放送(テレビ及びラジオ)、東海ラジオ放送、東海テレビ放送、メ〜テレ、中京テレビ放送、が当県内に中継局を設けている。 水に祈りて(コロムビアミュージックエンタテインメント2004年6月23日発売、喜多郎) - 喜多郎が長良川を上流から下流まで見て感じとったそのままを音楽で表現し創り上げた作品。 |
[ 366] 岐阜市 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E9%98%9C%E5%B8%82
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岐阜市(ぎふし)は、岐阜県の中南部に位置する都市で、岐阜県の県庁所在地である。旧稲葉郡・山県郡・本巣郡・羽島郡。国から中核市に指定されている。 戦国時代には金華山の麓の旧岐阜町が斎藤道三や織田信長の城下町として盛え、江戸時代には南部の旧加納町が中山道加納宿の宿場町、加納藩の城下町として盛えた。現在の岐阜市はこの2つの街が核となって出来上がっているものである。 岐阜県の南部に位置し、濃尾平野の北端に当たる。北部には山林を有し、南部には市街地が広がっている。また市内を横切るように、北東から南西にかけて長良川が流れており、市の大部分は長良川と支流の扇状地と自然堤防地帯にあたる。この長良川は日本三大清流の一つと言われ、中流域が1985年(昭和60年)に「名水百選」に、また1998年に「日本の水浴場55選」に、2001年に「日本の水浴場88選」に選定されている。一方、扇状地の長良川は典型的な天井川で、市の中心部より川の水面の方が常に高く、大雨の際には洪水の危険が伴う。 概ね太平洋岸気候の特徴を示すが、内陸性気候の特徴も示す。海岸に位置する愛知県の伊良湖、三重県の尾鷲などと比べ、夏は最高気温が高く、非常に暑い。逆に冬は最低気温が低く、特に朝方は寒いが、冬の積雪量はさほど多くない。 岐阜の命名の由来。1級史料の信長公記から引用。織田信長が、美濃国を攻略した際に、稲葉山の城下の井ノ口を岐阜と改めた。ただし、異論を唱える者もいる。 市町村合併に伴い人口は増えているが、実質の人口は減少傾向。合併には積極的で、岐阜市広域合併協議では羽島市、笠松町、岐南町、柳津町、北方町が参加し、50万の中核都市を目指したが、岐阜市椿洞での産廃不法投棄問題に端を発した市行政の怠慢、合併後の市議会議席の調整などに失敗。次々と離脱し、柳津町のみとの合併となった。 衆議院の小選挙区では、旧岐阜市部分は岐阜1区。旧柳津町部分は各務原市、羽島市、瑞穂市、本巣市、山県市、関市、美濃市、羽島郡、本巣郡とともに岐阜3区。 規模の大きな繊維問屋街が街を支えて来たが、近年は安い輸入品の台頭や、名古屋や東京への流通の集中などで衰退し、再開発に迫られてきている。近年、中心市街地の空洞化が激しく、近鉄百貨店や新岐阜百貨店、岐阜パルコと中心市街地の大型商業施設が次々と閉店を決めている。大規模な駐車場を備えた郊外の乱立する大型商業施設に商業の中心が移っている。2006年には10年で中心市街地の人口が2割減少し、休日に柳ヶ瀬を訪れる人は6割減少したと報告されている。又、名古屋へのアクセス時間の短縮(JRで最速18分)で、高級品などを名古屋で購入する傾向も生まれ始めた。中心商店街の柳ヶ瀬も、経営者の高齢化を迎えている。岐阜駅前に、岐阜シティ・タワー43を建設するなど、駅前立地での逆襲も、わずかながらある。 ファッション館とグルメ館があり、ファッション館8Fにはコンサートホール(名称:メルサホール)がある。名古屋鉄道系列。 岐阜市郊外や各務原市、本巣市、大垣市などに相次いで大型商業施設が建設され、わざわざ電車を使ったり駐車料金を払ってまで市街地で買い物をしない傾向が強まり、岐阜市の駅周辺及び中心市街地の集客力が弱った。岐阜市が自動車優遇の道路政策を行ったのも、郊外は自動車にとって便利になる一方で、中心部はますます不便になる結果を招いた。 岐阜市内は以前から地元消費傾向が強かったが、近年は、市街地の空洞化(高年齢化)が進み消費力が減少。これが地場産業の低迷、市街地の経済沈下に拍車を掛けるという悪循環を生み出している。 名古屋にもパルコや高島屋が出来て、テナント数の規模なども岐阜の店舗より多いため、名古屋から岐阜に来る客のパターンが次第に逆の岐阜から名古屋へ変わった。 岐阜市には、岐阜市交通事業部(岐阜市バス)が2005年に採算悪化のため解体、路線と使用していたバスの一部は岐阜乗合自動車に譲渡したため、市営バスなるものが存在しない。そのため、事実上この一社が岐阜市の公共交通機関を運営していることとなっている(但し、コミュニティバスはある:下記「路線バス」参照)。 岐阜市の中心市街地であり、オフィスや商業施設が立ち並ぶエリアとなっている。現在は空洞化が著しいが、下落を続けていた地価も下げ止まり、ゆるやかながら回復の兆しも見えている。近年、再開発事業が展開されている岐阜駅前は鉄道アクセスのしやすさなど利便性が見直されオフィスビルや高層マンションの建設が進められている。これは岐阜市郊外から、インフラが整備され利便性の高い岐阜市中心部への都心回帰をにらんだものともいえ、岐阜駅周辺の活気を回復させる試金石となっている。特に2007年3月からは付近の道路の自動車通行規制が解除され、これが地元にとって活性化に繋がるものと期待されている。柳ヶ瀬でも再開発の動きが見られ、高齢化社会を迎える今後にあたり中心市街地の動きがこれからも注目される。 金華山、岐阜城、長良川温泉などの観光資源を抱える風光明媚なエリアである。金華山の袂にある伊奈波神社から米屋町周辺では大正年間の旧家屋や洋館などが建ち並び、長良川鵜飼いの鵜飼い船乗り込み口周辺の玉井町筋(湊町、玉井町、元浜町)は米屋町同様に旧家屋が建ち並ぶ。 岐阜の大動脈でもある国道21号線がエリアの東西を貫いている。ロードサイドには各種郊外型店舗が林立し、カラフルタウン岐阜など、郊外型の大型商業施設も立地している。岐阜県庁舎、岐阜県警察本部、福祉・農業会館など県関連の官公庁のほか、岐阜県美術館、岐阜県図書館、県民ふれあい会館などの文化施設もこのエリアに所在する。 濃尾平野の北端で標高の低い山が点在し、山を切り開いた団地(例:大洞団地、三田洞団地など)が数多く見られる。長良川河畔の岐阜メモリアルセンターには長良川陸上競技場や長良川球場など各種スポーツ施設があり、スポーツのイベント会場として広く利用されている。このエリアには畜産センターや岐阜ファミリーパークなどの大型の公園、岐阜大学、岐阜運転者講習センター、岐阜刑務所など大型の公共施設が多い。マーサ21(ジャスコ岐阜店)など大型商業施設も立地している。近い将来に東海環状自動車道岐阜やまがたインターチェンジが設置予定されている。 金華山山麓にある神社。西暦85年(景行天皇14年)の時代に創立されたと言われ、1900年以上の歴史を持つ。主祭神は五十瓊敷入彦命。毎年4月の第一土曜日には例祭の宵宮がある。初詣スポットとして多くの人びとを集める。近年、茶室を増設。美濃の国の三ノ宮。 JR岐阜駅の南側ほど近いところにある。15世紀、文安の時代に土岐の長臣斎藤帯刀左衛門利永により立てられた。10月には天満まつりがある。他の天満宮同様、菅原道真を祀る。 岐阜市中心部にある神社。金大神の御鎮座は成務天皇の時代(西暦135年)。境内には古墳「賀夫良城」があり物部氏である物部臣賀夫良命がこの地に赴任し国府に定め、金大神を崇拝されたと伝えられている。現在、主祭神は、渟熨斗姫命。商売繁盛のご利益があるとして市民から信仰を集めている。近年、神社境内の整備も進み、正月・祭礼日には多くの人が訪れ、11月23日の新嘗祭には「こがねさんの秋まつり」を行い、市民に親しまれている。 岐阜市中心部にある神社。夫婦和合、子供の神社として知られている。祭神の市隼雄命は五十瓊敷入彦命と渟熨斗姫命の子である。 岐阜市東部に鎮座する神社。火薬や花火を仕込んだ神輿を、裸男が火の粉を浴びつつ担ぐ豪壮な「手力の火祭」で有名。 金華山の麓にある寺院。この寺院には大仏堂があり、そこにある大仏(岐阜大仏)は奈良・鎌倉と並び日本三大仏の一つと言われている。大仏は1832年(天保3年)に作られたもので、かご大仏としては日本一の大きさを誇る。 日蓮宗妙覚寺派の寺院。1450年(宝徳2年)に守護代の斎藤妙椿により建立される。本尊は文殊菩薩。斎藤氏は斎藤道三の頃に下克上により美濃国の国主となる。常在寺は斎藤氏の菩提寺となっており、墓所や道三、斎藤義龍の肖像画(いずれの肖像画も国指定の重要文化財指定)なども所蔵されている。 岐阜市鏡島にある臨済宗の古刹で、738年に行基菩薩が開山した。通称名の「鏡島弘法」の方が一般に知られている。十一面千手観音像をはじめ文化財を多数所有している。 岐阜市長良雄総にある高野山真言宗の寺で、746年に聖武天皇の勅願により建立された。岐阜市内唯一の国宝「金銅獅子唐草紋鉢」をはじめ岐阜県・岐阜市指定の各種の文化財を所有している。 節分の日の2月3日に行われる節分つり込み祭りが有名。この祭りは赤鬼に扮した厄男を神輿に、お福に扮した厄女を御所車に乗せ、おはらいをして無病息災を祈るもの。厄払い祈祷の豆まきは昼ごろから随時行われる。 勅使川原郁恵(元ショートトラックスピードスケート選手、長野、ソルトレーク、トリノ冬季オリンピック代表、NHK「街道てくてく旅」) |
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