統一とは?/ マイワン
[ 1395] 世界基督教統一神霊協会 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E7%B5%B1%E4%B8%80%E7%A5%9E%E9%9C%8A%E5%8D%94%E4%BC%9A
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「世界基督教統一神霊協会」という正式名称にはキリスト教の統一を目指すという意味が込められており、教団もキリスト教会との融合を目指して積極的に活動してきたが、多くの国のキリスト教会からは依然として異端とみなされている[1](#他の教団との関係の節を参照)。正式名称の最後が「教会」ではなく、「協会」であるのは教団が自らを「単なる宗教団体ではなく、政治・経済など、すべてのものの統一を目指す宗教を越えた団体」であると位置づけているためとされる。 韓国では教団設立から43年目にして、「世界平和統一家庭連合」という名称に変更した(日本の統一教会(統一協会)も名称変更を望んでいるが文化庁は未だ変更を認めていない[7]。名称変更の理由について教団は家庭の再建が世界平和につながるという意味を強調したとしている[8]。 が、「本当の目的は正体を隠して活動するためだ」という見方もある[9]。 本記事においては、正式に略称を示す場合は「統一教会(統一協会)」と表記し、それ以外は単に「教団」とした。 「統一教会(統一協会)」の教祖、文鮮明は日本統治時代の朝鮮 の農家の次男として生まれた。数え年16歳のときにイエス・キリストから自分が果たせなかった神の目的を果たす使命を託されたと主張している[2]。すべての宗教の中心であるキリスト教徒が自分を再臨のキリスト(メシア)として受け入れれば、7年間で地上天国を完成させる機会が第二次世界大戦後の時期にあったが、当時のキリスト教徒の代表たちが文鮮明に従わずにその歴史的な機会を失ったため、キリスト教に代わるものとして設立したのが「統一教会(統一協会)」であるとしている[13]。 教団の目的は神の理想とする地上天国を実現することである。そのために、全宗教・思想の統一を初め、政治、経済、文化、言語等、様々な分野に向けて活動を展開している。 言語に関しては、メシアであり、全人類の真の父母であるとされる文鮮明が話す韓国語が未来において世界共通語になるべきだとされており[14]、信者は韓国語をマスターすることが奨励され、教会活動の中でも取り入れられている[15]。 教団は前述のような理由から宗教活動以外に、多国籍企業を上回るほど幅広い事業を手がけ、多くの関連企業や関連団体を持つ(統一教会関連の企業と団体)。それらの資金は「日本には“エバ国”(妻)として夫である韓国に、“母の国”として、子女である世界の国々に経済的貢献をすべき責任がある」という教え[16]に従う日本の信者の献金や経済活動に負うところが大きい。しかし、これらの企業や団体は教団との関連を注意深く隠したり、否認することが多いため、社会的評判の悪さを隠して活動するための偽装(ダミー)団体だという批判がある[17][18][19]。 韓国においては、教団設立の翌年(1955年)に、韓国の名門女子大である「梨花女子大学校」の教授や学生らが入教したことが騒動となり、「洗脳している」、「家庭を破壊する」、「“血分け”を行なう淫乱の集団」(#「血分け」をめぐる論争の節を参照)などとマスメディアで批判され、教勢が後退した[1]。その翌年(1956年)、当時、まだ国交のなかった日本での伝道のため、宣教師を密入国させた。1960年代初めには、立正佼成会の庭野日敬会長(当時)の指示で統一教会(統一協会)の教えを学んでいた立正佼成会の青年部の信者50名ほどが統一教会(統一協会)に転じ、日本の会長になった久保木修己を初め、後に教団幹部となる者が出た。 1964年、教団は「原理研究会」を設立し、全国の大学で学生への伝道を開始するが、信者となった学生や青年達が家出して連絡が取れなくなったり、学業や職業を捨てて教会活動に献身し、親に相談なく教祖の決めた相手と結婚(「合同結婚式」)したりすることなどから「親泣かせ原理運動」などと呼ばれ、社会問題となった。1969年にはわが子を取り戻すために、反対運動をする父母の会ができ、教団や国会議員に問題の対処を求めたが[1][20]、進展は見られなかった。アメリカやフランスなどでも同様に信者の父母による反対運動が起こった[21] そんな中で、一部の親族が教団から子供を取り戻すために、キリスト教の牧師や精神科医師などの相談をあおぎ、ホテルや病院などの施設で脱会するように子供を説得すること(「デプログラミング(脱洗脳)」)が頻発した。これを教団側は、「信者に対する拉致監禁・強制改宗」であり、「信教の自由」を犯す人権問題だと非難しており、信者が自分の親族や牧師などに対し、訴訟を起している(#教団をめぐる裁判の節を参照)。 東西冷戦時代の1960年代後半に、教団は反共主義の政治団体、「国際勝共連合」を韓国と日本で設立。共産主義を神と人類の敵として徹底的に批判し、それぞれの国の与党や保守勢力を支援し、関係を深めた。 1970年代からは、文鮮明はアメリカに居を構えて、大規模な講演会を幾たびも開催した。日本から渡米した信者らも伝道と経済活動を活発に行った。政治的には共和党を保守系新聞『ワシントン・タイムズ』などのマスメディアで一貫してバックアップし、政界を初め、各界との関係を深めてきたが、多くの反対も受け、文鮮明は脱税の罪で、1年余りの懲役刑を受けるということも起こった[22]。この頃からアメリカ以外にも世界各地に信者を宣教に派遣したが、多くの国で布教や入国を禁止された[21]。 1980年代には日本において、(キリスト教を標榜しながら) 霊能者を装った信者らが先祖の因縁話などを使って壺や多宝塔の美術品などを法外な値段で売る、いわゆる「霊感商法」が悪徳商法として社会問題となり、国会でも政府に取締りを求める質疑が幾度もなされた[23]。 この頃、「日韓トンネル」や中国において自動車工場を作る壮大なプロジェクトに対し、信者に多額にの献金が要請された。 また、文鮮明が長年の悲願であると公言する朝鮮半島の「南北統一」へ向けて、民団や朝鮮総連など、在日韓国・朝鮮人への働きかけも行ってきた。 1990年代に入ってからは、アメリカで収監されたことで、日本を初め文鮮明が入国できない[24]国での運動を進めるために、妻の韓鶴子(ハン・ハクジャ)が表舞台に出るようになり、世界各地で講演を行っている。 この頃から、教会活動に専念する献身者の制度が解消され、それぞれが、故郷に戻って、定職につき、親族を伝道するように方針転換がなされた。 1991年には文鮮明が韓国政府の許可もなく突如北朝鮮を訪問。金日成主席(当時)と会談し、多額の経済支援を約束した。 北朝鮮の国営ホテルの経営を任されるなど、教団と北朝鮮との関係が深まったため、警察、公安からも注視され、1994年からは日本政府の監視対象になっている[25]。 教祖が何代も前の先祖の因縁などを見抜いてカップルを決める「合同結婚式」はこの教団独自のものであり、世界平和の基礎となる理想家庭を創るということを謳い、国際カップルを含む多くの男女を結びつけてきたが、多くの家庭問題も起り、物議をかもしてきた[26]。特に、1992年の「3万組国際合同結婚式」に、歌手で女優の桜田淳子を初め、3人の有名人が参加することが公になり、マスメディアで大きく取り上げられ、統一教会(統一協会)の名前が広く知られることとなった。また、これを機に、教団が「霊感商法」を初めとする反社会的な活動をしているとの批判報道が多くなされた。翌1993年には前年の合同結婚式に参加した山崎浩子がマインド・コントロールされていたとして婚約破棄と脱会宣言したことで教団に対する更なる批判が高まった。 これまで元信者によって、献金や勧誘や合同結婚式における違法性を訴える民事訴訟が起されて来たが、1994年の福岡地裁で信者の不法な献金行為に対し、教団の責任を認定する判決が出て以来、信者の不法行為に対し、統一教会(統一協会)自体に使用者責任があるとされ、損害賠償を命じた判決がいくつも出されるようになった(2006年6月現在で11件)。 1995年1月から韓国の清平(チョンピョン)の修練所に信者を集め、悪霊を取り除く特別修練回が定期的に行われるようになった。 同年8月、文鮮明の長男の嫁であった洪蘭淑が子供を連れて家出をし、文鮮明一族のスキャンダルを告発本やメディアにおいて明かし、2年間の裁判を闘い離婚に至った[27][18]。 1997年のアジア通貨危機の影響を受けた韓国においては、韓国の統一グループの企業の多くが倒産したり、経営が危うくなった[18][28]。 この頃から、日本の信者に対し、いろいろな名目での多額の献金要請がしばしばなされるようになった[29]。 また南米に地上天国のモデルを作るとして、韓国を中心にするこれまでの方針を転換し、ブラジルの未開発の広大な土地を買い、ジャルジンに信者たちのための集団村を建て、夫婦で参加する修練会を行ったり、南米各地に女性宣教師を派遣した[15]。 また、文鮮明が再臨主であることを主張する予言の解説本を出したり、霊界の宗教者や政治家達が文鮮明をメシアと崇めているという「霊界通信」本を続々と出している[30] 2004年からは「人類の家族的な統一にはモンゴル(蒙古斑族)が重要な役割を果たす」として、モンゴルに関して運動を進めている。近年は韓国のリゾート開発に力を入れている[18]ほか、2006年には韓国で「本殿聖地」という王宮を建てた。学校、病院、老人ホームなどが揃うこの地域一帯に、宗教と人種を超越した『平和村』を作る計画だという。 文鮮明は高齢(88歳)になったこともあって、アメリカから韓国に戻り、公の場に出るのは控えてゆくという。 教団は世界各国に進出しているが、日本の信者が最も多いと思われる。マスメディアによる批判報道(特に『朝日新聞』と『 』)や度重なる多額の献金要求、文鮮明の実の娘や嫁による文鮮明ファミリーに対する内部告発[15][27]の影響もあって、信者数は減少したといわれる。また、教祖存命中にもかかわらず、分派の活動が盛んになり、教団は対策に力を入れている。 統一教会(統一協会)は設立以来50年以上、世界各地で活動してきたが、依然として社会的には洗脳・マインド・コントロールを行うカルト宗教と見られることが多い。フランスの「反セクト法」(2001年6月制定)を初めとして、ヨーロッパではセクト(カルト)による人権侵害に対する法的整備が進んだが、それは1980年代に、EC議会が、頻発する統一教会(統一協会)の問題の対策に関する決議にその端緒を発している[3][31]。 一方、韓国、日本、アメリカにおいて、それぞれの与党を初めとした保守勢力との関係を築いて来ており、教団関連の団体に著名な政治家や学者や宗教家などが参加したり、協力したりすることも多い。 外部からも信者からも、『聖書』よりもはるかに頻繁に使われる『原理講論』が経典と思われがちだが、教団は公式的には、キリスト教会で用いる旧・新約聖書を教典とし、『原理講論』(著者は世界基督教統一神霊協会)を「教理解説書」としている。 文鮮明教祖の教え(著書・『原理原本』)を劉孝元(ユ・ヒョウウォン)という弟子が理論的に編集した『原理講論』は文鮮明が若い頃に学んだ金百文(クム・ペグムン)の表した『基督教原理』と用語や構成が似ているので、それを盗作したという見方があるが、教団は内容が違うことに加え、執筆年代からしても盗作はあり得ないと否定している。また、以前から『原理講論』の記述や内容に間違いや矛盾があると反対者から指摘があったが[6]、近年、その教えを独自に解釈した分派などが、いくつか出現してからは、対策として、『原理講論』に書いてある通り以外の講義はしてはならないと、教祖直々の通達があった。 そんな中で2001年からは教祖の説教を集めた『天聖経』を“天の聖書”として最重要視すべきとされた。(“聖経”とは韓国語で“聖書”を表す)これにより、『原理講論』よりも文鮮明の直接語った言葉が最優位とする立場を鮮明にした。また、2003年6月9日には、そのような分派活動を防ぐために、み言葉の出版、翻訳、および氏名・写真の使用等に関する諸権利を韓国の教団(韓国世界平和統一家庭連合)に授権・委任した。 教団は自らの教えを真のキリスト教と主張しているが、その教義は伝統的なキリスト教とは重要な部分で異なっている。そのため、一般的なキリスト教会にとって共通の正統信仰の基本となっている基本信条(世界信条)とは相容れない。カトリック教会は統一教会(統一協会)についてキリスト教ではなく、ましてやカトリックでもないことを示し、キリスト教一致運動としてのエキュメニズムの対象にもなり得ないと述べている[34]。 教団の教義は「統一原理」と呼ばれ、神が世界を創造した目的や法則を述べた「創造原理」、人間の罪の起源を説いた「堕落論」、本来、神が創造しようとした世界を再建するための原理を説いた「復帰原理」の3部からなり、『聖書』では比喩や象徴で表されていた真理を明らかにしたものとされる。統一原理の詳細は『原理講論』という本にまとめられているが、「(原理講論の内容は)その真理の一部分であり、今までその弟子たちが、あるいは聞き、あるいは見た範囲のものを収録したにすぎない。」との記載がある。 「統一原理」は朝鮮半島地域の民間信仰である陰陽道との習合がしばしば指摘されるが、既存のキリスト教神学との最も顕著な差異は、主に堕罪論(堕落論)、救済論(復帰原理)、キリスト論にある。 一般のキリスト教では、 アダムとイブは神が食べることを禁じた「善悪の知識の木」(『原理講論』では「善悪知るの木」と表記)の実を蛇(= サタン、悪魔)に唆されて食べたことでエデンの園を追放されたという創世記の失楽園物語を信仰的寓話とするか史実と主張するかはともかく、文字通りに神の命令に背いたことが人類の罪の起源(原罪)だと解釈している。 対して教団では、「善悪を知る木」をエバ(教団はイブをこう呼ぶ)の、「善悪を知る木の実」を“エバの愛”の象徴と解し、蛇の誘惑によってその実を食べた物語は、サタンこと天使長ルーシェル(一般には「ルシファー」と呼ばれる)とエバが不倫なる霊的性関係を結んだ事(霊的堕落)の比喩であり、その実をアダムにも分け与えたことを、アダムとの時ならぬ(人格的に成熟していない時期に)肉的性関係を結んだ事(肉的堕落)の比喩であるとし、そのように聖書に暗示されている血統的な罪こそが人間の罪の根源である「原罪」であるとしている。そして、人類の父母として再臨するメシアによってしかその「原罪」を清算することはできないとしている。 一般のキリスト教では、ナザレのイエスを十字架による死と復活によって救済を完遂した救世主(メシア= キリスト)にして「子なる神」として信仰の対象にしている(三位一体)。また、この世の終わりにはイエス自身が再臨するとしている。 対して教団では、十字架による救いは神の本来の予定ではなく、本来イエスは十字架で死ぬべきではなく、生きて地上で真の母を妻に迎えて結婚し、肉体をもった実体の真の父母となり、すべての人類を接ぎ木して霊肉共に救われる道を切り開くべきであったが、ユダヤ選民の不信により「霊的救い」しかなせなかったため、再臨が必要になり、再臨主は”霊肉共の救い”完成させなければいけないとしている。 人間の堕落はエバがサタンと性的に交わったことであり、エバの罪はサタンの血統を通じて新世代に伝えれらた。イエスは結婚して罪のなき子供たちを生み出すことが使命であったが、それを達成する前に十字架で殺され、霊的救済は果たしたが、肉的救済は果たせなかったとする統一教会の教義は文鮮明が若い頃学んだイスラエル修道院の金百文の教えであったという[27]。また、1935年に朝鮮北部のチュルソンで「聖主教団」を創設した金聖道(キム・ソンド)も同様の教えをしており、新たなメシア(再臨主)が朝鮮に再来するとし、それを迎えるために信者に性的な禁欲を説いており、金聖道の死後、信者らは統一教会に入教したという[27]。 文鮮明の妻である韓鶴子の母、洪順愛(ホン・スネ)も「原理を学んでみると、聖主教団で聞いていた内容や、腹中教で聞いていた内容と、あまりにも似ていると思いました」と語っている[1][35]ように、他の教団の教えと共通するところが多いため、「統一原理」は文鮮明のオリジナルではなく、彼が若い頃通った教会や修道院や平壌で接した「混淫派」、「霊体交換派」と呼ばれる神霊集団の教えを利用したものだという指摘があるが、教団においてはこれらの神霊集団は再臨主である文鮮明を受け入れる基盤として神が用意したものだと説明されれている[2][36] 教団関連の政治団体である「国際勝共連合」が大東亜戦争を肯定的に評価したり、憲法9条の改正や核武装を訴える右寄りの主張とは裏腹に、教団自体は、過去の日本の朝鮮半島、中国、東南アジア諸国に対する統治を侵略行為・戦争犯罪とし、その時代に日本は反民主主義的な全体主義によってドイツ、イタリアと結託し、サタン(悪魔)の側に立って、民主主義によって結託した天の側のアメリカ、イギリス、フランスと戦ったとしている[37]。特に、韓国に対しては、歴史的に侵略、迫害して来たことを国家的に償わなければならないとしている。中でも、再臨のキリストのために準備されていた韓国の乙女達を当時の日本人が慰安婦として蹂躙したため、その悪霊が日本の信者に無数に取り憑いており、その怨みを解かないといけないとして韓国で特別な修練会が行われるようになった。このため日本の信者は保守的でありながら左翼のように戦争責任を告白することが多く、一般の保守派の人々とは違いがあるが、そのことは表面上伏せられている。なお第二次世界大戦中は、米国や英国などが民主主義によって結託したといっても、実質的な帝国主義国家であったことは意図的に排除されている。米国が戦後、日本を占領し、「民主主義」の国家を建設せんとしたと言っても、厳密にいえば第二次世界大戦中の交戦国同士で、共産主義国家はあっても、民主主義国家はなかったといわざるをえないからである。 『原理講論』の初期の日本語版には韓国版には載せてある“韓国に再臨主が来る、韓国語で言語が統一されるとした箇所や、日本は再臨主が来る国としてふさわしくないサタン側の国家である”としたくだりは訳出されていなかった。そのことを日本共産党から批判され、2年以上経った1981年度版からようやく載せるようになった。[6] 教団の救いに関する教えの核心はメシアによる「血統転換」である。「血統転換」とは人類始祖の堕落により、サタンの血統を受け継いだ人類がメシアによって神の血統に接ぎ木されることを言う。 教団の草創期に起きた「梨花女子大事件」騒動の際に、文鮮明は女性信者に「血統転換」の儀式であるとして、自身と性交(俗に「血分け」(ピガルム)と呼ばれた)させているという疑惑が高まった。上述のように、教団設立以前に文鮮明が関わった、李龍道(イ・ヨンド)、白南柱、金聖道、黄国柱、金百文などの「混淫派」、「霊体交換派」などと呼ばれる韓国独自のキリスト教の集団は「血分け」を行っていたとも考えられており、文鮮明はその影響を受けたと見る向きもある。 文鮮明は兵役を逃れるため年齢を偽ったということと、女子大生を3日間、不法監禁した疑いで逮捕されたが、裁判の結果、無罪となった[38] 教団は血分けの存在を当初から否定して来ており、そのような主張をする者に抗議し[39]、名誉毀損などで裁判に訴えて来た。勝訴した際には新聞や当該雑誌に謝罪広告を書かせたりしてきた[40][3]。しかし、「血分け」が存在したと証言する信者たちもこれまで幾人か出ており[6][27]、教団を批判する者たちの多くは実際に「血分け」が行なわれてきたと考える者が多い。また、弟子の中には「血分け」をした者もおり、「血分け」をしていると教団が見ている分派もある[41]。また、教団に2年ほど在籍していたことのある鄭明析(チョン・ミョンソク)は「摂理 」(モーニングスター、JMS、MS)という教団を作ったが、2006年、鄭が自らを「再臨主」と信じる多くの女性信者と性的関係を持ったと日本で報じられた際、「摂理」の教義が統一教会(統一協会)の教義と似ていると複数のマスメディアが指摘したが[4]、統一教会(統一協会)は鄭が教団に所属していた年数より、その前後にキリスト教会に所属していた期間の方がはるかに長いことや教義的には一般のキリスト教会の方に近いなどとして、教えの類似性を指摘するメディアに再三抗議を行っている。[4][42]。[5][43] また、文鮮明の長男の元妻であった洪蘭淑(ホン・ナンスク)の自著[27]やテレビでのインタビュー[44]によると、洪蘭淑が韓鶴子に夫(文孝進)が、「女性と関係を持つことは父の浮気と同様に神の摂理である」と言っていることを告げると、韓鶴子は夫(文鮮明)の場合は神の計画だが、長男(孝進)の場合は違うと答えたという。文鮮明自身も韓鶴子と同様のことを繰り返し語ったとしている[27]。 1996年に文鮮明はイエス・キリストが原罪のない神の血統の息子として生まれた理由を、母マリアが神の命令に従って婚約者のヨセフを裏切り、親族である大祭司長のザカリヤと性的関係を持つことにより、血統転換がなされたからであると講演会で語った[48]。しかし、文鮮明自身のメシアとしての無原罪性の根拠については今日まで語られたことはない。 また、文鮮明の来歴を載せた教団の書籍などにおいては文鮮明が1945年4月に結婚し、1956年に1月8日に離婚したこと、また、その結婚の最中であった1953年に教団に入教したばかりの延禧(ヨンヒ)専門学校{現在の延世(ヨンセ)大}の学生金明熙(キム・ミョンヒ)を妊娠させ、日本に密入国させ、男児を出産させたことなどを伏せて来た[49]が、2005年6月には、韓国において教団の歴史をまとめた『史報・通巻号』(韓国歴史編纂委員会発行)にそれらの事実を自ら明かした金明熙の証言が掲載され、その一部が日本の教団機関誌『ファミリー』(2000年5月号)に載った。金明煕の話しは実際に、“血分け“があったとも取れるようなものである。 金明煕に幻として現れたイエス・キリストは「あなたがわたしがが愛する女性と三角関係になっても、最後までわたしを愛しなさい」と言ったという。それで、金明煕は夫に愛する女性が出来たとき、互いに愛し合っているならば、2人を結婚させてあげるのが愛であると考えるようになったという。文鮮明と宿で2人きりになった席で、妻のいる文鮮明が「理想相対に会いたくないですか?」などと、“露骨なみ言葉”を語ったので、「噂どおりに怪しい人だ」と思ったという。文鮮明は「人間的に考えてはいけない」、「間違えばサタンが侵犯するようなものだ」と言ったと証言している。 占い : 「霊感商法」で壷などを買わせるきっかけも、最初は手相や姓名判断などの占いであった。:最近でも、繁華街の街頭やターミナル駅のコンコースなどで「手相占い」などをきっかけに水晶玉や数珠や、印鑑や壷などを買わせたりしている。一時には日本テレビなどの報道が教団の行う「手相占い」を報道したために、一時は活動が控えめになっていたが、近年、再び「手相占い」を装った勧誘を活発化させている。運勢鑑定を無料でしますという内容のはがきを各戸の郵便受けに入れて誘うことも多い。最近は風水を通じての勧誘に力を入れている。 草創期は街頭で黒板講義などをして、教団名を出して伝道していた。 また、印鑑や壺や多宝塔などの霊感商法を切っ掛けに伝道される人も多かったが、世間での評判が悪くなった1982年頃から、教団名を隠した伝道方法を取るようになった(2007年からは街頭アンケートでは再び教団名を堂々と名乗っている)。この頃から、自己啓発のビデオセンターという体裁での伝道方法を取るようになった。街頭で生活意識のアンケートなどを切っ掛けに、ビデオセンターに連れて行く[23]。相当教義を受け入れるようになるまでは宗教であることも、統一教会(統一協会)であることも隠し、聞いても完全に否認する[26]。また、ここに通っていること自体を誰にも話さないように口止めさせられる。 最初は、自己犠牲を賞賛するものや、宗教に関連ある作品などのビデオを視聴させ、「情操教育」を行なう。(批判側からすればマインドコントロールの下地作り)。 その次に、教団の名前は出さないが、シリーズ化された「統一原理」のビデオ講義を視聴させる。そうする中で、無料の食事を提供したり世間話をしたりして、来訪者との心情関係を築く。これは、「来なければいけない」という意識を芽生えさせ、そこに継続して通い続けるように心理的に束縛する為とされている。 ある程度学んだ段階で、合宿形式の修練会に参加させる。それは一日間の修練会(ワンデイ)と3日間の修練会(スリーデイズ)か、2日間の修練会(ツーデイズ)と4日間の修練会(フォーデイ)など、2回に分けて参加させることが多い。1回目の修練会では「再臨のメシア」が来るという話までで、2回目の修練会の直前または最後に、その「再臨のメシア」]が文鮮明であると明かすという方法をとることが多い。かつては7日間の修練会(セブンデイズ)を行い、その最終日には一人一人、献身する誓いを立てさせられたという。修練会の期間中は、スタッフや参加者同士との会話以外、基本的には外部と連絡させないようにしている。それらについて反対者からは、洗脳しやすくするために軟禁状態にしているとか、教団が最初は正体を明かさず、こういった段階的な勧誘方法を採っているのは、教団自身が反社会的なことをやっていることを自覚しているからだという批判がある。 修練会の後は、ホーレンソウ(報告・連絡・相談)や、「為に生きる」訓練をさせ、祈りを始めさせる「ライフトレーニング」や、住み込みの教義研修などを行う「新生トレーニング」、教団の教義を伝道や経済活動で実践学習していく「実践トレーニング」などのプロセスを経て教化する体制になっている。 この過程の中で教団は、経済活動の実践が困難な身体の不自由な者や病人などは伝道の対象からはずすように信者に指示していた。この事実が教団の伝道の違法性を問う裁判で、勧誘の目的は献金や無償での物品販売活動等をさせ、経済的利益を上げることを目的としており、宗教の本来の目的から逸脱しているとして、教団が組織的に行っている勧誘・教化行為が違法であるという判断の材料になった。(平成14年(2002年)10月28日 新潟地方裁判所民事第5部 ) 教団の社会的評判が悪くなってからは、キリスト教を自認する教団でありながら、日本人に浸透しやすい仏教を利用する戦略で、文鮮明を信奉するようになった川瀬カヨの率いていた弘法大師を奉ずる教団を、弥勒を奉ずる天地正教という宗教法人に鞍替えし、、その団体を通じて統一教会(統一協会)につなげようとしてきた。 天地正教の「霊妙慈経」というお経は、『原理講論』を要約したような内容であり、その解説書では随所に「再臨のメシア」という言葉が出てくる。教えを深く受け入れた信者に対しては、文鮮明夫妻を弥勒の化身として紹介するようにしていた[50]。 桜田淳子らと共に合同結婚式に参加した翌年の1993年、山崎浩子が、統一教会(統一協会)からの脱会を表明する記者会見で「わたしはマインドコントロールされていました。」と語り、同日、アメリカの元信者であったスティーヴン・ハッサンの書いた『マインドコントロールの恐怖』(恒友出版)が発売されてベストセラーになったことから、日本でも「マインドコントロール」という言葉が広く知られることになった[51]。従来の洗脳は具体的な物理的手段を用いた強制的なものだが、マインドコントロールは物理的手段を用いないので、本人が気づかないうちに取り込まれてしまうというカルトなどによる巧妙な手法を認識される概念として登場した。信者にマインドコントロールをほどこしているという批判に対し、教団側は、「マインドコントロール」という理論は、もともとアメリカで宗教運動から信者を強制的にやめさせるための理論として出現したものであり、非科学的理論であり、反宗教的なイデオロギーに基づいた空論だと反論している[52] 統一教会(統一協会)側は1980年代に、米国の統一教会の脱会者2人が統一教会に強制説得されたとして、詐欺罪で訴えた裁判に於いて、マインド・コントロール理論の主唱者であった心理学者のマーガレット・シンガーに対し、「アメリカ心理学会」内の有志により「科学的な裏付けが乏しく心理学者の間で一般に認められてはいない」ことを指摘する法定助言書が提出されたことにより、裁判で専門家として証言することを裁判官から許されなかったことを挙げ、この理論は米国心理学会では「非科学的」と否定された疑似科学と主張している。一方、米国心理学会はその学説自体を否定したわけではなく、客観的な検証が難しいので、肯定も否定もせず態度を留保しただけという指摘もある[53]。 ビデオセンターに誘い込まれた者の内、献身に至る者は少なく、多くは離れていくのだから、マインド・コントロール理論には根拠はないと教団は主張しているが、文鮮明自身は1972年に、「習慣性がつく前に家族の元に返すと流れてしまうので、教育期間として、6か月間、早くても3か月間訓練すべき」という旨の説教をしたという[10]。札幌地裁での「青春を返せ裁判」で、教団の「元教育部長」は「教義が頭に浸透してしまえば、あとはやめる者はほとんどない」という証言した[54]。 「マインドコントロール」はカルトのみならず、自己啓発セミナーやマルチ商法まがいのビジネスなどでも使われていると言われているが、学問的には諸説があり、まだ確立された学説とはなっていない。 教団に入信した信者は実家や住んでいたアパートを出て、教団の施設で共同生活に入ることが多かった。居場所や電話も教えないことが多かったため、連絡も取れなかったり、会えなくなることが多かった。 無償で教団の活動に奉仕する“献身者”になることを教団が推奨していたため、信者は学校を辞めたり、就職しないようになったり、勤めていた会社を辞めたりする。その際に、教団に勧められて、貯金を下ろしたり、保険を解約したりして、財産をすべて献金することも勧められた(「イサク献祭」という)。 信者は街頭で伝道活動をしたり、個別訪問で販売活動に励む。「霊感商法」を行ったり、ワンボックスカー(マイクロバス)に寝泊りしながら、全国を回り、福祉を装った募金活動や販売活動を行なう。 生活費は不要な共同生活なので衣食住には困らないが、毎月1万ほどの小遣いだけで、給与はなく[23]、保険や年金もかけない、献身しない信者でも、銀行やサラ金でお金を借り、多額の献金をしたり、親に無心をしたりする。中には教団の指導によって、まったくウソの理由を作り、緊急な入り用があると無心することもある。また、突然、教祖の指名した見知らぬ人と結婚をすると言い出す。(国際結婚の場合もある)また、海外宣教のため何ヶ月も外国へ行くこともあり、子供たちを夫や親に預けて、旅立った者も多くいた。治安の悪い国では実際、信者が事件に巻き込まれ、亡くなった例もある。 「親や牧師などの背後にはサタンがいる」とか「話し合うこと自体が罪だ」などと指導されているので、説得に耳を貸さないことも多いという。 教団は信者を実家に帰らせることはほとんど許さなかったので、親はなんとかして、子供と話し合いの場を持とうとし、中には実力行使で連れ戻し、監禁してでも話し合いの場を作って奪還しようとする者もいた。教団は比較的屈強な男性信者をそのような時の対策に当たらせていた他、そのような親がいる信者に対しては、親に居場所を知らせなかったり、居場所を突き止められないように、信者の中でも偽名を使わせたりもしたという(信者間では「隠れ」「隠れキリシタン」などと隠語で呼ばれた)[10]。国会でもこれらの問題が何度か取り上げられた[21][55]。 キリスト教の牧師の中で、そのような親たちの相談に乗る者がおり、キリスト教の牧師の中で、実家やホテルやマンションの一室でそれらの牧師が信者に『聖書』を用いて教団の教えの間違いや矛盾を指摘したり、教団の隠している情報を提供したりして協力した。教団はそのような時には逃走することや、脱会した振りをして安心させた隙に逃げ帰ることを勧めたりしていた[16]。 教団はそれらの牧師が強制的に改宗させるのは「信教の自由」を侵害することであり、信者本人の意思を無視して、連れ去るのは“拉致”であり、脱会を決意するまで、“監禁”していると非難し、批判本を出したり、刑事告訴したりしたが、警察は親子問題として民事不介入の立場から取り上げることはなかった。そのため、1999年1月以降、信者に自らの親や協力している牧師を民事訴訟で訴えるを裁判を起こさせるようになった[3]。 1999年9月9日の米国務省の人権白書の中で「統一教会信者に対する拉致監禁を日本の警察が取り締まらないのは人権侵害である」という指摘がなされた。 2000年4月20日の国会質疑において田中節夫・警察庁長官(当時)が「(統一教会信者に対する拉致監禁事件について)たとえ親族間の問題であっても、違法行為は厳しく取り締まる」旨の発言をした。これらは統一教会(統一協会)を初めとして、カルトとみなされて、社会的反対を受ける教団らの政府への働きかけの成果と見られる。実際に秋田県ではキリスト教会の牧師が自らの教会に監禁室を作り、信者を違法に監禁したために警察の介入を招いた事件も起きているしている[7]。 教団には地上天国を実現するために“すべてのものを神に返す”という「万物復帰」という教えがある。特に日本は「エバ国家」、「母の国」として、夫である「アダム国家」の韓国を初め、子供たちである世界の国々に経済的貢献をする責任があるとされている。信者は、自分の財産だけでなく、すべて人の財産を神の側に捧げることが救いの条件になると教えられるので、そのためならば、人をだますことも、この世的には違法であっても、天的には善になると指導されており、これが様々な反社会的な問題を起してきたと指摘がある。 国会でも文鮮明が日本での講演会で、「法的な目から見た場合には、これは旅行ビザでも違うビザをもって来てそれは献金活動とか商売とかそれはできないようになっておる。しかし、これは法的にひっかかっても、アメリカの為に、アメリカの国民以上に先頭に立ったとするならば、神の法にはひっかからない。」と語ったことが取り上げられ、そのような発言をする文鮮明のスピーチを福田赳夫が賞賛したこと、その講演会に多くの国会議員が参加したことは問題があると国会でも追及された[56][55] 洪蘭淑によれば、アメリカの文鮮明の邸宅「イーストガーデン」で働く、メイド、料理人、ベビーシッター、庭師には観光ビザで来て、そのままアメリカに居ついた者が多いという[27]。 「名義貸し」;教団が返済をするので名義を貸してほしいと要請された信者が本人名義で銀行やクレジット会社から借りた金を教団に貸し付ける。返済は毎月教団が本人に金を渡し、借入先に支払う約束をするが、返済期限までに教えを教育し、最終的には「献金」に切り替えさせ、結局本人が全額借金を返済するようにされることもあるという[31]。また、教団の必ず返済するという約束を信じたものの、借用書の借主は信徒会の信者(一人で、複数の信者から借金したことになっている者もいた)の名前になっていることも多く、教団が返済しないため、金融機関から厳しい支払督促を受けたり、差し押さえ(強制執行)を受けて自宅を奪われたり、自己破産を余儀なくされ、絶望して自殺をした信者も出ているという[17]。 また、教団に入信した妻が、夫の財産を無断で引き出して献金することが家庭問題を引き起こすこともあり、献金したことが家族に知られると行方をくらます事例もあるという。 1988年から中国に「パンダ・モータース」という自動車工場を作るとして信者に献金が要請される。信者は家、土地まで担保に入れて借金するものまで出た。広東省恵州市に1,500万坪の土地を借りて10億ドル以上の投資で、年間30万台の自動車を作る計画だったが、この計画は後に頓挫した。 これらの献金は韓国の文鮮明の元に集められるが、1988年の合同結婚式の際、信者は「白い封筒に現金50万円ほどを持たされて、韓国に運んだ」と多くの元信者が話している。[8]中には教団の関連会社の責任者からの指示で5、6人のグループで体中にガムテープでお札を巻きつけ、多い時は1億円もの現金を香港や韓国へ運んだ信者もいたという[9]。(外国為替及び外国貿易法では一人500万円を超える額のお金を届出なしに海外に持ち出せば違反になる[23]) 文鮮明の長男の元妻である洪蘭淑は自著『わが父文鮮明の正体』で、日本人の教会幹部が、現金の詰まった紙袋をもって「イースト・ガーデン」に定期的に訪れており、その金を文鮮明は懐に入れるか、教団関連の企業の重役たちに配っていたこと、また、教会幹部が持ってきた何千ドルもの「真の家庭」への献金は文夫人の寝室のクローゼットの金庫にしまわれたと記している。 文鮮明は法人税が極端に安いため高所得の外国人や外国企業のペーパーカンパニーが税金逃れに集まるので有名な、西ヨーロッパの小国リヒテンシュタイン公国に文鮮明一族への献金を集める「真の家庭信託基金」の口座を持っているという[27]。 教団側は文鮮明夫婦だけではなく、彼らの13人の子女もまた、「統一教会内に自分たち名義の器物を一つももたない」と説明する。 子女たちに譲る財産も、また子女たちが譲り受けた財産もないと言っている。[8] これまで、信者たちは「万物復帰」の教えの実践として、様々な経済活動をして来た。草創期はパンの耳を食べて、リヤカーを引いて廃品回収を行っていた。また街頭や個別訪問で花、ボールペン、高麗人参、ハンカチや化学雑巾、コーヒー、銃(問題だと指摘を受け、途中で取りやめた)など様々な物を販売したり、「北方領土返還」や障害者、難民の救済などの福祉の名目で募金活動をした[21]。また、数名で「マイクロ隊」と呼ばれる隊を組み、マイクロバスやワンボックスタイプのライトバンに寝泊りしながら、全国を募金集めや珍味やハンカチ等の販売で回った[16]。アメリカでもCARP(「原理研究会」)のメンバーが花売りなどをした[27]。 1970年代からは献身者を集団でマンション等に住みこませて、経済活動を行う「店舗」と呼ばれる拠点を全国的に作り、印鑑や高麗人参 茶(エキス)等を販売した。 無償で教団に奉仕する献身者が大多数だった頃は、委託販売形式を利用して、帳簿上は信者に給料を支払ったことにするが、実際は毎月1万ほどの小遣いだけを渡すというような方法で、組織的な脱税ともみなされかねないことを行ってきた[58][59][60] 蕩減(とうげん)商品;教団では日本の朝鮮統治時代の罪を蕩減(とうげん、清算の意)するためとして、韓国の教団関連企業の商品を日本の「ハッピーワールド」を通して、需要や売れ行きに関係なく、一定数の商品を強制的に仕入れさせてきており、これを「蕩減商品」と呼んだ。蕩減商品には、大理石壷、多宝塔、高麗人参茶(エキス)、「メッコール」等の清涼飲料水や、 工作機械等がある。 元信者によれば、効能を謳って高麗人参を販売していたことが薬事法違反に問われ、販売に行き詰まっていた中で、高麗人参と、美術品としてはあまり売れなかった韓国の大理石壺の売り上げを上げるために、教義を使って売って行こうということになったことが霊感商法の始まりだという[9]。 1980年代初めから、占いなどを切っ掛けに、ゲストを「霊場」と呼ばれる会場に連れて行き、家系図などを鑑定しながら、霊能者を装った信者が聞き出した本人や家族の不幸の原因を先祖の因縁話を使って説明し、先祖が救われるとか、このままでは不幸なるなどと不安を煽り、法外な値段で壷、多宝塔などを買わせてきた。この商法を『しんぶん赤旗』が「霊感商法」と名づけて批判。『朝日ジャーナル』などのマスメディアで度々その被害や手口が報じられた。 国民生活センターや各地の消費生活センター等に多くの苦情が寄せられ、多額の金銭的被害を生んだこの商法は大きな社会問題となった。教団の関連施設などに、警察の捜査が及び、信者は証拠書類が渡らないように、逃げ回ったという。 この「霊感商法」問題は国会でも、幾度も取り上げられたが、警察庁の刑事局保安部生活経済課長は「この種の商法というのは人の弱みといいますか、人の不安につけ込むというもので、悪質商法の中でも最も悪質なものの一つということで、全国の警察に繰り返し厳しく取り締まるように指示をしておるところでございます。」と答弁した[62]。 「霊感商法」が社会問題化した1980年後半には、「霊石愛好会」の主催で「霊感商法」を擁護する集会を各地で開いた。そこに当時の国会議員らが祝電を寄せたことが批判を受けた[63][64]。 教団側は信者に向けては、日本を共産主義の間接侵略から守るために国際勝共連合が推進してきたスパイ防止法制定運動を攻撃するために、日本共産党および日本社会党が「スパイ防止法」制定運動の資金源が統一教会(統一協会)であると誤認し、教会攻撃のために引き起したのが“霊感商法問題”だと説明した。[65] [66] 一方、世間に向けては「教会一切の収益事業はおこなっておらず、教会員の献金によってのみ運営されています。…個人の職業に対しては一切関与するものではありません。ゆえにいかなる商法とも教会は関連ありません。」と教団の関与を全面否定してきた[65]。また、民事裁判では、「“しあわせサークル連絡協議会”という統一教会とは法律上も活動も別個である信者による組織が行ったのであって、教団は,信者がいかなる伝道活動をしているか,いかなる企業を経営し経済活動を行っているかなどについて知る立場にはない」などと主張してきた。(平成14年(2002年)10月28日 新潟地方裁判所) また、『中和新聞』1996年12月15日号での「霊感商法問題に関する統一教会の見解」によれば、 販売の際に使用したセールストークは、教団の教義とは似て非なるものであり、、家系図や、手相、姓名判断、四柱推命などの易学や因果応報などは仏教的な教えであり、聖書の教えを根本とする教団の教えではないとして、教義との関連を否定したが、「ハッピーワールド販売促進資料」と題する霊感商法の販売マニュアルには壺の型は文鮮明自ら考案した作品であり、御言を受け入れていない人達の救いのための条件物として作られたと説明しており、教会活動の一環として霊感商法が行われていたことの証拠となった。 1994年7月12日、日本社会党(当時)の北村哲男が「霊感商法」などの反社会的な事を行う統一教会に対する政府の見解を質す質問主意書を政府に提出したが、政府は村山富市首相名で「宗教法人法第七十九条は、宗教法人が行う公益事業以外の事業の停止命令について規定しているが、統一協会の所轄庁である東京都知事は、いわゆる霊感商法については、現在、統一協会の規則には事業として記載されておらず、また、統一協会が行っている事業であるという確証もないことから、現在のところ、同条を適用することは基本的に困難であると判断している。」と回答した[67]。しかし、民事訴訟では霊感のない信者を“徳の高い霊能者の先生”に仕立てて売るための詳細なマニュアルがあったことや、「連絡協議会」の存在を教団が主張し始めたのは、民事訴訟が提起されから7年も経ってからであり、証人に立った教団側の信者もその存在を知らなかったと証言し[68]、裁判所からも当時の「連絡協議会」の存在を示す実体もないと認定されたりしている。(2001年6月29日 札幌地裁) 教団は1990年頃までは弁護士からクレームがあれば、お金を払って和解していた。1993年(平成6年)福岡地裁の訴訟において、原告は教団から有利な和解条件を持ちかけられたが、裁判で決着を着けなければという思いから和解を拒否[9]、同年5月27日、福岡地裁は詳細な事実認定に基づき、実質上、統一教会(統一教会)の指揮監督によって霊感商法を初めとした経済活動が組織的、計画的にに行われたとして統一教会(統一協会)の使用者責任を認定し、損害賠償を命じた。これは統一教会(統一教会)の責任を認めた初の判決となった。これ以降、教団の責任を認める判決が[69]相次ぐようになり、霊感商法以外の問題も含めた統一教会(統一協会)の使用者責任を認めた判決は2003年11月5日時点でも15もある[70]。 「霊感商法」が社会問題化し、東京都から指導を受け、通産省から事情聴取を受けた以降は表向き販売を中止したものの、その後も「霊石愛好会」や「天地正教」などを通じて販売は続けれられて来た。近年は大理石壺を「天運石」と称し、家の中の悪霊を吸いとってくれると言って、再び信者に買わせるようになり、その壷を韓国の清平(チョンピョン)修練所に持って行き、解怨してもらうように勧めている[28]。 「霊感商法」が社会的な問題になった頃から、信者達は着物、貴金属、絵画、毛皮、高麗人参等の商品を展示会形式で販売するようになった。訪問販売や霊感商法などのその場限りの販売と違い、専門の会社の主催で定期的に販売を行なうため、「定着経済」と呼ぶ[23]。また、これらの販売方法は「霊感商法」で行った方法を踏襲している。ゲストを連れて行った信者は商品を説明するトーカー(アドバイザー)の協力者となり、トーカーは席を外し、「タワー長」と呼ばれる現場の指揮者にゲストの状況を報告し、指示を仰ぐ。既に教団の教えを学んでいる信者も展示会に動員され、「この〇〇を買えばメシア(文鮮明)を受け入れることになる」、「この〇〇を買えばあなたも家族も救われる」等と「霊感商法」と同様の説得をして購入させたりもした。 教団は多くの企業を擁しているので、韓国では財閥の一つとみなされ、文鮮明は事業家としてのイメージが強いという。韓国では、系列企業は「統一グループ」と呼ばれており、文鮮明の親族がそれらの企業の幹部になっていることもしばしばである。日本では一時、キリスト教と称しながら「霊石愛好会」や「天地正教」といった仏教色の強い団体までも作っていた。近年はNGO、NPO法人などのボランティア団体を通しての浸透を図っている。また学術的な団体も多く、それらがスポンサーになった会議などのはマスメディア界、政界、学会の著名人が参加したりするが、ほとんどの者は自分たちの経費、ホテル代、食事代が文鮮明(統一教会)によって支払われていることを知らないという[27] 教団に対する反対者が、教団が名前を伏せて、いろんな関連団体で活動することへの警戒感から関連団体との関係を指摘するからか、統一教会(統一協会)の公式ホームページのリンク集から、次第に関連団体の多くが載らなくなった。洪蘭淑は教会の顧問たちが教会の資金の事業や政治活動への流用について話し合っているのを何度も耳にしたという[27]。 教団の草創期の1960年代には「統一産業(トンイル産業)」を設立し、銃の製造を始めた。韓国政府の許可を得て、コルト社のM-16を初め、その他の軍需品を製作し自国の守衛軍に提供して来た。 日本では神の摂理の一環として「銃砲店の摂理」と銘打って、全国各地で信者による銃砲店を経営し、街頭でも販売活動をしていた(批判を受け、街頭活動は止めた)[55][15]。批判者からは、教団は武装化しているのではとの疑念を生んだ。それらの中で、千葉のモデルガンショップの店長らが、モデルガンを実弾が撃てる短銃に改造して売りさばいたとして1992年に逮捕された。教団の草創期は信仰の訓練として、信者にハンティングをさせていたほか、銃砲訓練をさせており、文鮮明は有事の際は信者に銃を持たせ戦わせると講演したという(「原理運動被害者父母の会 陳情書」1979年2月6日)。文鮮明の息子はハンティングに熱中して、教団関連の神学校に射撃上を作らせたという[27]。文鮮明は、1976年6月14日付けの『ニューズウィーク』紙のインタビューで「韓国にあるあなたの工場が武器を作っているというのは事実ですか。」という質問に対して、「我々の機械工場は、防衛契約をしております。これは韓国において国民の義務であり、防衛に関係しない大企業はありません。契約として生産の5 % ? 10 %が防衛目的のためのものです。」と答えた。文鮮明の四男、文国進(ムン・クッチン、JUSTIN MOON、韓国統一グループ理事長)はアメリカ・ニューヨーク州とマサチューセッツ州に工場を持つ「Kahr Arms」というガン・メーカーを経営する最高責任者である。銃のデザインも手掛けるという[73]。 また長男の文孝進は離婚を巡る訴訟において、所有している55丁の銃器類のリストが法廷に提出された[27]。 朝日新聞社阪神支局が襲撃され小尻知博記者が散弾銃により射殺された「赤報隊事件」の3日後の1987年5月5日、 朝日新聞東京本社に事件で使われた銃弾と同一の薬莢2個を同封した脅迫状が届いた。そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」[2]と記してあり[74]、以前から朝日新聞を厳しく批判していた統一教会(統一協会)の関係者の関与も疑われ[75]、捜査の対象になった。 フリージャーナリストの有田芳生が赤報隊事件について、『朝日ジャーナル』が当時まだタブー視されていた統一教会(統一協会)批判に乗り出したことや、殺害された小尻記者が統一教会(統一協会)の霊感商法を取材していたことに対するへの報復の可能性を指摘した。また、教団関連企業の「統一産業」が韓国から大量狩猟用散弾銃を輸入したことがあり、信者の多くが全国各地で鉄砲店を経営していることを取り上げた[76]。捜査は難航し2002年には時効が成立した。 「ワールド・ピース・キング・ブリッジ―トンネル構想」(米国とロシアを隔てるベーリング海峡に海底トンネルと橋を建設する構想) 合同結婚式(ごうどうけっこんしき)は教団が主催する結婚式である。正式名称は「国際合同祝福結婚式」であるが、信者の間では「祝福」と呼ばれることが多い。教祖である文鮮明は人の性格、運命、長所、短所及び血統的因縁や課題まで見抜く力を持っているとされており、夫婦となるに相応しい男女を推薦するという。それは当人の欠点を補う相手であることに加え、先祖からの因縁や問題のすべてを清算できるという点で、元も相応しい相手を推薦するという[77]。 草創期は目の前で教祖がカップルを指名したり、信者に希望する相手を書かせたりもしていた。1988年頃から参加人数が多くなったこともあって、写真を見てカップルを決めるようになった。 教祖の推薦は断ることも許されているが、多くの信者にとって絶対的権威である文鮮明の推薦した相手を断ることは非常に難しいので、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」という憲法(24条)に反しているとの批判もある[26]。 また、信者が親などに連れ戻されたときに、夫婦として「人身保護請求」できる権利を得るためとか、外国に入国し長期間滞在するために、夫婦としての生活の実態がないのに便宜的に入籍届けを出させることへの批判もあり、元信者が「婚姻の無効」を求めた訴訟で、原告の訴えの多くが認められている[3]。 信者同士が結ばれる本来の祝福の他に既婚者で祝福を受けた場合を「既成祝福」、夫婦どちらかが亡くなっている場合を「独身祝福」と言う(1997年までは伴侶が絶対善霊ではなかった為と言われ、現在は「霊肉界祝福」と言う)。また、一時は伴侶に先立たれた信者を他の信者と再婚させ、夫婦として祝福する「慰労祝福」というものもあったが、文鮮明は本来の原則にはないものとして、行わなくなった。 いずれ教祖直接の祝福ができなくなることから、近年は信者自身に「祝福を行う権能」が与えられ、将来的には信者の親同士の推薦で、子供たちを結婚させる計画になっている。この権能はあくまでも既に祝福を受けた信者に限られている。 1960年に第1回の合同結婚式が行われて以来、教団の発表では参加者数は回数を重ねるごとに増えているようだが、1997年以降からの祝福は参加条件が次第に緩くなった。必須条件とされた事前の7日間断食や21日修練会への参加や「霊の子」(自分が伝道した信者)を一定数持つこと、3年以上の献身生活(出家)、女性の年齢が23歳以上等の従来の条件が緩和(現在は18歳以上(高卒以上で親権者の同意必要)、但し家庭出発できるのは33歳以上)が緩和、ないし撤廃され、一度破局した者の再参加や既婚者で相手の十分な了承なく一人で参加することや、教会員にならなくても、教祖をメシアとして受け入れれば、他の信仰を持ったままでの参加も許されるようになった。また参加せずとも、教義上飲むことが必須であるとされる「聖酒」を意味も知らずに飲まされたり[78]、「聖酒」をキャンデーにしたものを舐めただけの人までカウントされたりしたこともあるので、実質上の数は不明である。また身近で文一族を見てきた洪蘭淑によれば、文鮮明の子供たちは「祝福」以前に性体験を持っているか、「祝福」直後に関係を持っていた(教義上では祝福後40日間は「聖別期間」として性的関係を持ってはいけないとされている)ので、祝福関連の規則が適用されて来なかったと語っている[27] 式に参加するには、渡航費用の他に、「祝福(感謝)献金」と呼ばれる100万円前後の献金(参加者の国籍によって異なるが、日本人の場合性別を問わず140万円程度である[23]。“献身者”と呼ばれ教団の布教活動に専任している信者にとっては高額であり、中には借金を拵えてまで支払う者もいるとみられている)が義務付けられているため、反対者からは教団の勢力誇示と資金獲得の手段としているという見方もある[79][18]。1992年の桜田淳子、山崎浩子、徳田敦子の3人は合同結婚式への参加表明の記者会見で、いずれも、60万円だけで、他に献金はないと答えるなど「祝福献金」の存在を隠したコメントをした。当時の教団の広報部長、杉山富之はマスコミの取材に対して、「渡航費、ドレス代、式服、指輪、滞在の諸費用として、約60万円を準備するよう信者に通知している」、「150万円と言われた人はおそらく日韓祝福の希望者で長期滞在するケースではないか」という旨の説明をした[77] 。 1995年の合同結婚式では、参加者を集めるために、嫁不足に悩む韓国の農村の男性達を日本人の嫁がもらえると宣伝して、信仰もない“にわか信者”と日本人女性を多数結びつけたことで、結婚した後で、相手に愛人や子供がいることや、病気や借金があることが判明し、夫の酒、たばこ、ギャンブル、家庭内暴力に苦しみ、生活苦を訴える信者が一部にいることはよく知られる[15]。韓国の幹部も後にその過ちを懺悔した。 教団の機関誌、『中和新聞』1992年9月12日号では「法律的な意味で婚姻届を出した祝福家庭の離婚率は0.7 %前後です。これは社会一般の離婚率から考えると比較にならないほど低い数字であります。」と述べていたが、近年はそれらのカップルの破局も増えたと反対者からは見られている。 祝福後生まれた子供は「祝福子女」あるいは「祝福二世」と呼ばれるが、既婚者で「既成祝福」を受ける以前に両親から生まれた子供は“ヤコブ”(ないしは信仰二世)と呼ばれ、祝福を受けた後に生んだ子供(「祝福二世」)とは教義上、血統的価値が違うということで明確に区分されている。しかし実情は、既成祝福家庭の祝福子女は、未婚で祝福を受けたカップルの祝福子女より血統的には価値が低いとみなされていた[15]ので、両者がカップリングされることは最近まで殆どなかったが、「既成家庭」も次第に増加したため、2005年末の祝福では両者の祝福が行われるのではと推測された事もある。但し教義上の血統的価値からも祝福二世と信仰二世については、両者がカップリングされることはない。 祝福子女の親たる信者の場合通常、信仰一世と呼ばれるが、彼らは教団の布教活動の初期に専任したため資産に乏しく、経済活動を一般的に見て少なく抑えていることから、また、専任したことで子女との生活を共にしない時間を持つなどしたため、子女そのものへの布教が上手くいっていないケースがみられている。祝福二世として生まれたにもかかわらず、祝福相手と別れて(相互の不信心も影響する)結婚できないケースがあるなど、文鮮明の選んだ相手との婚姻の義務(憲法24条の問題)が薄れるにつれて、子女の不信心が芽生えてきたともいわれる。 そこで近年は文鮮明教祖の後継者と目される三男の文顯進世界原研会長を中心に、子女教育に力を入れている。日本教会ではその為の本部の機構改編も行われたと言われ、子女の呼称も、従来のように「祝福二世」、「信仰二世」と区分せず単に「二世」と呼ぶように変わった(但し祝福を受ける上での両者の区分は厳然と存在し、あくまで子女教育上の呼称統一)ようである。こうした区別は、人権侵害ではないかという見方も出てきそうである。 教団は、1995年から、韓国京畿道 加平郡の有名な観光地、清平(チョンピョン)にある「天宙清平修錬苑」で霊的修錬会を始めた。ここでは、文鮮明の妻である韓鶴子の母、洪順愛(ホン・スネ)が再臨する(憑依のような意味)とされる金孝南(キム・ヒョウナム)という女性が修錬会を執り行う。洪順愛は文鮮明によって、娘の韓鶴子を「真の母」に育てるのに、功績があったということで、偉大な母を意味する「大母様」(韓国語でテモニムと読む)という称号を与えられた。信者にとっては、カトリックにおける「聖母マリア」のような存在である。大母様は天使を意のままに動かしたり、霊界の先祖達を地獄から連れ出すこともできる権能があるとされている。霊界では文鮮明の亡くなった次男、文興進(ムン・フンジン)が霊人達に原理講義を行うとされている。 修練会では先祖の怨みを解く「直系先祖解怨式」(ちょっけいせんぞかいおんしき)という儀式がある。信者の先祖達の中には生前、報われないまま怨みをもって悪霊となったものがいるとされ,先祖以外でも、特に日本人信者には、過去に日本人に苦しめられた従軍慰安婦や強制連行労働者など、恨みを持った悪霊が無数に憑いているとされ、これが不妊、アトピー性皮膚炎、精神病を初め様々な病気や不幸を起こしているとされている[28]。(日本軍が実際に慰安婦を強制連行したか否かについては論争がある(慰安婦を参照) 修練会では、悪霊を体から追い出すために、聖歌を大声で歌いながら、自分の肉体のあちらこちらを力の限りを叩く(按手であると称するが本来的なキリスト教の按手とは異なる)。そうすることで、自身の身体についた悪霊を取り除くのを天使が助けてくれるという(これを「役事」(やくじ)と言う)。 これらの悪霊に、解怨後は霊界で100日間の教団の教えを学ぶ修錬会を受けさたり、信者達と同様に、文鮮明による祝福を受ける「先祖祝福式」(せんぞしゅくふくしき)に参加させたり、祝福家庭としての教育のため、更に40日間の修錬を受ける。これらを全て通過する事によって、恨みを解かれた先祖は「絶対善霊」(ぜったいぜんれい)になり、地獄に行かないで済むようになり、地上の人間に善なる協助をしてくれるとされる。今日まで400回以上行われたこれらの修練会によって、2006年現在で、2800億人の「絶対善霊」が誕生したとされる。 先祖解怨式に参加して先祖を解怨するには内容によって献金する額が規定されており、最終的には210代前の先祖までを解怨すると言われている。「父方の父を辿る先祖」と「母方の父を辿る先祖」を180代前までの解怨することが望ましいとされ、このうち、1〜7代前までは特に重要だとして解怨に必要な献金は70万円とされる。それ以降の献金は7代ごとに3万円。一度に解怨できるのは原則として7代だけなので、すべてを解怨するには何十回も通わないといけない。また、先祖以外の第3者(霊人)の恨みを解くことや、土地に憑依した悪霊の恨みを解くことを目的とした「特別解怨」(とくべつかいおん)もある。 金孝南(テモニム)は時折来日し、「霊界解放」や「浄火祈願祭」なる行事を執り行っている。不治の病が治る、夫婦愛が深まる、子女に恵まれるなどの体験談などが語られることもあり、多くの信者が度々参加する。献金は新たな施設を建設する費用に充てられる。建設当初はテントやプレハブ小屋などの設備であり、いくつかの団体から反対運動があったが、国の建設許可が下りた後は、大聖殿や、老人ホームや教団や世界の指導者を育成する大学院、病院なども併設されている。 なお、今はなき「天地正教」においても先祖供養が行われた。現役信者も「先祖供養祭」などを受けるために、「天地正教」の道場に通わされた。なお、天地正教で行われた「四世代供養」は、川瀬カヨ教主が統一教会と接する以前から行っていた先祖供養をアレンジしたものだが、本来の趣旨から逸脱し、しばしば献金を集めるための手段として使われた。清平における活動に対して、反対者からは、「内部向けの霊感商法ではないか」との批判があるが、内部の信者にも同様な声があるらしく、金孝南(大母様)は「直系7代解怨がお金集めの方便だと感じる人もいるようですが、そうではないというのです。ちゃんと神様と真の御父母様の復帰のプログラムだというのです。」と信者に説明している。しかし、初期の清平では先祖供養は否定されており、日本人から効果的に献金を集める手段として、天地正教の「四世代供養」などを真似て先祖供養を取り入れた可能性が極めて高い。 1983年に文鮮明の次男、文興進(ムン・フンジン)が亡くなった後、世界中の信者から自分は霊能者で興進が自分を通して語りかけると話すビデオテープが届き、文鮮明夫妻はそれを見ていたという。元文鮮明の長男の妻であった洪蘭淑によれば、その中には興進の生活をよく知っていると確認できるような知識を示した者はいなかったという[27]。そのときからしばらくは、興進からの霊界通信とされるものが教団の機関誌『中和新聞』にたびたび載ったほか、キリストやパウロなど、様々な霊界の住人のメッセージが伝えられた[16]。 アフリカのジンバブエ共和国の一信者、クンディオナに興進が再臨(憑依のようなものとされ、実体再臨(キリストの使命を背負い、肉体を持って生まれる)とは区別される)したとされ、文鮮明の公認を受けて、「コンフェション」と呼ばれる告白式を全世界的で行った。公金問題、男女問題に関する罪を信者に告白させた。その罰として、多くの信者が殴られたが、頭の骨を折った文鮮明の側近の朴普煕(パク・ポーヒー)は入院を余儀なくされた[27]。このような激しい体罰で信者を失うことがわかった文鮮明は興進の霊はクンディオナを離れ天に昇ったと告げた[27]。クンディオナはネグロイドであることから「ブラック興進様」と呼ばれていた。その当時文鮮明がクンディオナを自分の次男の興進であると認めたことがアメリカのマスメディアで写真入りで紹介されたが、1992年8月の合同結婚式の目前に控えた7月、クンディオナは教団の宣教師と共に東京第二弁護士会での記者会見と千葉県の幕張メッセでの反統一教会(統一協会)の特別集会での講演で、文鮮明はメシアではない、文鮮明が多くの女性信者と関係したなどと語った[65]。後にクンディオナは自身が再臨のメシアだとしてアフリカに分派のカルトを設立した[27]。 文鮮明の六男、栄進(ヨンジン)の死因が自殺だと報じられたときも、霊界通信で、本人がホテルのバルコニーで体操していたとき、誤って転落したと事故の状況を説明した[80]。 1998年からは、信者向けの霊界通信の本が頻繁に出版されるようになった。金英順(キム・ヨンスン)という女性信者に、亡くなった李相軒(イ・サンホン、元医者で、教団の教えを哲学的に表した「統一思想」や、共産主義の誤りを批判した「勝共理論」を確立)が現れて、霊界の様子を伝えるという体裁である。 幸福の科学の大川隆法は「霊界通信」の本を多数出し、教勢を伸ばしたが、統一教会(統一協会)は専ら、内部信者向けに出版されている。 悪の本体である天使長ルーシェルがこれまでの罪を認め、神と「真の父母」文鮮明と人類に謝罪したという話や、霊界のイエス・キリスト、釈迦、マホメット、孔子の四大聖人を初め、キリスト教、儒教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教の聖徒たちのみならず、マルクス、レーニン、スターリン、ヒットラーなどの独裁者たちまで、文鮮明をメシアとして受け入れ、絶対的に従って行くことを決意しているというの霊界からの報告などがなされている[81]。 2002年7月4日にはそのような、霊界のイエスや釈迦やマホメットなどの5大宗教団体の代表たちが文鮮明を再臨のメシアとして受け入れ、従って行くことを決議したという決議宣布文を『ワシントン・タイムズ』を初め主要日刊新聞に全面広告して、ハワイ、アラスカを含む全米50州の約1500万軒に直接、配逹した。 『原理講論』においては韓国の有名な予言書、『鄭鑑録』(チョン・カムノク)にはメシア思想があることに言及しているが、それについてはほとんど語られて来なかったが、1994年には、 南師古(ナムサゴ)の書いた韓国の別の予言書、『格庵遺録』に文氏が救世主だという予言があるとして取り上げ、高坂満津留という謎の作家による『ついに解明された1999年』(光言社)、翌1995年には『大予言が証す救世主 奇跡の1999年』、という本を出版した。文鮮明は信者に直々に、これらを親兄弟、知人に配って自分のことを証せよと命じた。 教団は1968年に韓国と日本で「国際勝共連合」(通称:「勝共連合」)という反共主義の政治団体を組織した。共産主義をサタンの思想として神と人類の敵としている。この教義が浸透している為、信者は共産党と、その“系列”と看做した団体や左寄りと見える人物を徹底的に攻撃する。 韓国においては、その直前には後に教団ナンバー2となる朴普熈を初めとした韓国軍の高級将校が入教していた。その当時、「反共法」を制定し、北朝鮮を初めとする共産主義勢力との対決姿勢を取っていた朴正煕政権においては強い庇護を受けたと言われ[1][82]、統一教会(統一協会)系列の「統一産業」が韓国で小銃工場を建設する際、文鮮明の側近、朴普熈が朴大統領と事業支援について話し合ったことや韓国の公務員教育が「国際勝共連合」で行われたことなどが報じられた[83]。各政権への資金提供やKCIA(韓国中央情報部、現・国家情報院)との関係があると言われて来た(教団は否定)。また、後年には「世界平和統一家庭堂」や「世界平和統一家庭連合」の名で、政界進出を目指してきたが、現在は「天宙平和統一家庭党」という政党をつくっているが、選挙には出ないで、国民への啓蒙活動を行うとしている。 日本においても、「勝共連合」の設立の際には、A級戦犯の疑いでGHQに逮捕されたが、アメリカに協力的な戦犯は反共のために利用する「逆コース」と言われる対日政策の転換により、釈放された笹川良一、児玉誉士夫、岸信介ら、右翼・保守の大物たちの協力を得た[84]。 「勝共連合」を通じ、自民党内の韓国ロビー、台湾ロビーと見られる政治家と密接な関係があるとも言われ[1]、後には時の大蔵大臣福田赳夫や安倍晋太郎などが来日公演に出席したり、同僚議員を「勝共連合」につなげたりするなどして協力した。 日本では勝共推進議員とは勝共連合の趣旨に賛同する議員という意味だが、教団の教えを学ぶことを条件に、選挙で教団の支援を受けているとも言われる。実際、信者は教団の指示で、自民党議員の選挙応援に動員されて来た[15][19]。特に当落すれすれの候補や組織の弱い新人などへの支援を行ってきたと言われる[26]。 応援して来たのは自由民主党、民主党がほとんどであり、総理・閣僚経験者(現職も含む)も多数。信者の中にはそのような議員の「秘書」となった者も相当数いる。霊感商法のトーカーだった女性信者(6000双)[85]は渡辺美智雄の秘書をしていた上、自らも衆議院選挙に立候補したが、3度とも落選に終わった[9]。また、2000年 8月25日には 保岡興治法務大臣の秘書官(1800双)が統一教会(統一協会)の信者だと写真週刊誌『フライデー』が報道したことを受けて、国会で社民党の福島瑞穂議員が保岡法務大臣に質問。 保岡は秘書がかつて勝共連合で活動していたことは認めたが、現在は関係ないということを本人に確認していると答弁した[86]。 このような活動は、議員に恩を売ったり、弱みを握って、教団の都合のよい方向に政治を動かそうという戦略であると反対者からは見られている。 1977年に、「原理運動被害者父母の会」が当時の福田赳夫総理へあてた陳情の手紙によると、統一教会(統一協会)への対策を自民党議員たちに要請した人の中には、「自民党では、この問題はタブーです」とハッキリ断られた人も居たという[20]。 1993年3月末に文鮮明が日本に入国した際、通常では入国できないケースであるにもかかわらず、当時の金丸信自由民主党副総裁に働きかけ、特別扱いを受けたといわれている。その背後では信者から集めた多額の資金が政治献金として動いたと指摘されている。 1987年には自民党の議員達が、霊感商法をやっている教団関連企業や勝共連合から政治献金を受けていたことを新聞が報じた[87]。 「勝共連合」が特に力を入れてきたのは「スパイ防止法」制定や教科書問題、憲法・教育基本法改正問題である。 中山成彬文部科学相が支部長を務める自民党宮崎県第1選挙区支部が2003年の衆院選の直前、統一教会(統一協会)の関連団体「世界平和連合」から100万円の政治献金を受け取っていた。[9] 岸信介は日本統一教会(統一協会)の初期の頃から熱心に賛同しており、日本での「勝共連合」の設立の際には発起人に加わるなど大いに協力した[1]。文鮮明がアメリカで脱税により投獄されたとき、その裁判が、「宗教の自由」を侵害した不当なものであるとの意見書を提出した。[10] 中曽根康弘は1992年の文鮮明の来日の際に会談したり、3万組合同結婚式に祝辞を寄せた他、軽井沢で、側近の朴普熈から文鮮明の訪朝の報告を受けた。また2006年3月21日、幕張メッセで開催された、教団の関連する「天宙平和連合日本大会」にも、「文鮮明総裁の指導のもと、理想を実現することを望む」という趣旨の祝電を送った[88]。 2006年5月13日、マリンメッセ福岡で開かれた、「天宙平和連合」の「祖国郷土還元日本大会」福岡大会(合同結婚式も行われたと報じられたが教団は否定)に、安倍晋三内閣官房長官、保岡興治(元法務大臣)を初めとしての各議員が祝電(安倍は肩書つきで)を打っていたことが波紋を呼んだ。この面々は安倍の唱える「再チャレンジ推進委員会」議員連盟の会員でもある。「天宙平和連合」の日本大会はこの後、日本各地で開かれ複数の国会議員が祝電を送っている。 アメリカに進出してからは、レーガン、ブッシュ親子など、アメリカの保守である「共和党」を『ワシントン・タイムズ』でのサポートを初め、強力に応援し、関係を築いてきた。 ワヒド・元インドネシア大統領も教団関連のイベントに参加するなどしている。「国際的な平和活動のために、これらの著名人やいろいろな宗教界の牧師たちとの交流や対話を行なっている」と教団側は説明するが、反共主義ということで協力しているだけとか、引退した政治家などを報酬で取り込んでいるという見方もされている。 教団関連の会議やイベントなどには著名人が参加することが多いが、本人が教団との関連をまったく知らないで参加し、後から世間から批判を受けることがこれまでもしばしばあった[27]。 独自のキリスト論により既成のキリスト教会における「十字架」を批判、米国・欧州など一部の地域の教会の十字架を撤去する運動を行っている。 教団はすべての宗教の統一を目指しており、それに向けて他の宗教や教団に対して働きかけてきた。また表の活動とは別に、「教団復帰」と言って、他の教団に信者を潜り込ませ、そのトップや幹部を自分達の教団の方針に沿うように働きかけているという元信者の証言がある。 韓国のキリスト教会: 1974年には『東亜日報』統一教会(統一協会)が文鮮明の聖なる血を受けて血分けをしなければならないという混淫の主張をしているという意見広告を出した[90]。 日本の宣教を任された西川勝(崔翔翊)が接触。立正佼成会は対立する創価学会対策から統一教会との連携を模索。当時の会長、庭野日敬は1963年、青年部員を統一教会の修錬会に参加させた結果、次期会長候補とされていた久保木修己を初めとする50名ほどの会員が統一教会に転じた[1]。久保木は統一教会の初代会長となったほか、幹部には立正佼成会出身の者が比較的多い。立正佼成会は占いと霊能によって教勢を伸ばしたが、統一教会(統一協会)も同様の手法を使う。 70年安保闘争の時代に、互いの集会に参加したりするような関係であり、谷口雅春は「勝共連合は朝鮮の文鮮明と称する予言者を八紘一宇の世界の中心者とする運動だったので私たちは今まで協力できなかったが、(中略)日本中心の運動にすることが出来れば協力してもよいのである」と述べている。(『生長の家』1979年8月号)」 地下鉄サリン事件などが起こる前までは、教団はオウムが関係した事件などについてオウムを擁護する記事を教団の機関誌や『世界日報』、『宗教新聞』で書いていた。「坂本堤弁護士一家殺害事件」後に教団は『信教の自由を守る会』という団体を作り、オウム擁護のビラを撒いた。またオウムへの強制捜査で、押収された光ディスクに「オウム真理教と統一教会の合致信者名簿」があり、16人のリスト中11人が統一教会(統一協会)の信者と同姓同名であったと言われ、両者の関係が一部で報じられた[92]。 また教団の幹部がオウムの教祖、麻原彰晃に会っており、「宗教的に立派な人だと評価していた」という信者の証言もあるという。 [93] また、オウムの重要幹部の早川紀代秀は以前、統一教会(統一協会)に所属していたという説もあるが教団は否定している。 しかし、オウムのサリン事件への関与が明らかになり、世間の非難が高まって以降は、一転してオウムに対して批判的になり、オウムの教義を仏教との比較から批判する本(竹内清治『オウム教義の批判と克服』光言社1997年)まで出版したりした。 統一教会(統一協会)信者(26歳女性)が拉致された上、精神病院に強制入院させられ改宗を強要された事件で、高村正彦弁護士等による人身保護請求訴訟により解放された事例{昭和55年(1980年)}人ナ第1号、高松高裁・越智傳裁判長} 統一教会(統一協会)信者(25歳女性、小学校教員)が拉致された上、精神病院に強制入院させられ改宗を強要された事件で、上野忠義弁護士等による人身保護請求訴訟により解放された事例{昭和56年(1981年)人第1号、宇都宮地裁・多賀谷雄一裁判長} 2002年2月20日 統一教会(統一協会)の信者(31歳女性)に対して、信者の両親が信者を監禁、脱会を強要した事件において、「逮捕・監禁」は不法行為であり、脱会の説得に協力した牧師も連帯して責任を負うとの判決。被告は上告はせず判決が確定した。(広島高裁・宮本定雄裁判長) 教団の関連する「天地正教」の導師部長を勤めていた元信者が1000万円の献金について、「信者の因縁話によって畏怖して献金したもの」として、「天地正教」への貸付など、約3700万円の損害賠償を求めた事案。 1993年(平成6年)5月27日、福岡地裁で、統一教会(統一協会)の「霊感商法」に対する損害賠償請求訴訟で、全国で初めて統一教会(統一協会)の関与と賠償責任を認め、3670万円の支払いを命じる判決が出た。信者らは2人の未亡人に対し、亡くなった夫に関して、先祖の因縁話で、不安を煽り、執拗に迫って高額の献金をさせたり、弥勒象等を購入させた。福岡地裁は「献金勧誘行為は、布教活動の一環として行われたものであったとしても、その目的、方法、結果において到底社会的に相当な行為であるということはできず、違法であり、民法七〇九条の不法行為に該当する」、「信者らと教団は実質的な指揮監督関係にあり、信者が献金勧誘行為が教団の教義である万物復帰の実践として理解していたことや献金がいずれも教団に帰属していることなどからみて、原告らに対して不法行為責任を負う」と判断し、教団に献金相当額と慰謝料の支払いを命じた。(『判例時報』1526号121頁 平成8年(1996年)2月19日福岡高裁控訴棄却 平成9年(1997年)9月18日最高裁上告棄却) 信者らの違法な献金勧誘行為により、原告らが損害を被ったとして、教団に対して、民法七〇九条又は七一五条に基づき損害賠償を請求した事案で、1997年4月16日、奈良地裁は教団の献金勧誘のシステムの特徴として、 「万物復帰の教えの下、個々の対象者からその保有財産の大部分を供出させ、被告全体としても多額の資金を集めることを目的とするものである」、 「対象者がある一定レベルに達成するまで、被告の万物復帰の教えはもちろんのこと、被告や文鮮明のことを秘匿あるいは明確に否定したまま、対象者の悩みに応じた因縁話等をして不安感を生じさせあるいは助長させる方法をとっている」 教団への入会ないしは献金等については「入会ないしは献金等をしようとする者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものにつき、不実のことを告げ、また、被告への入会ないしは献金等をさせるため、対象者を威迫して困惑させるものであり、方法として不公正なもの」と判断し、教団の献金勧誘のシステムは、「不公正な方法を用い、教化の過程を経てその批判力を衰退させて献金させるものといわざるを得ず、違法と評価するのが相当である。」として教団に原告2人に対する損害賠償を命じた。(平成9年(1997年)4月16日判決言渡 平成9年4月16日判決原本交付 裁判所書記官 平成6年(1994年)●第二〇七号 損害賠償請求事件)[13] 元信者らが、教団又はその信者らの違法な詐欺的・脅迫的な勧誘・教化行為によって入信させられ、その後、長期間被告の献身信者として過酷な生活をさせられて信教の自由を侵害され、また、その過程で献金及び合同結婚式への参加を強要されて財産権及び婚姻の自由を侵害されたとして、不法行為(民法709条又は715条)に基づき慰謝料等の支払を求めた事案。 東京地裁は、信者らの伝道活動は、「相手方を畏怖困惑させ、それによって被告の教義からの離脱を困難にすることに主眼を置いていたもの」、「献金及び無償で物品販売活動等を行わせること及びそのような行為をする被告の信者を再生産することによって、経済的利益を上げることもその目的であった」、「(先祖の因縁や霊界等の)非科学的な超自然的な現象についての話は、科学的・論理的な検証が不可能であって、個人差はあっても、これを聞いて漠然とした不安を抱くことになる者がいるのは明らかであり、その上で自分や家族の具体的な事実と結び付けられると、恐怖を感じることは避けられない」「教義に深入りさせる方法としては、相当性を欠くものといわざるを得ない。」として「原告らに対する勧誘・教化行為は、不当な目的に基づく社会的相当性を逸脱した方法で、結果として原告らの自由意思を阻害しているものといわざるを得ず、原告らの信教の自由を侵害する違法な行為というべきである。」と判断した。また、合同結婚式への参加を勧めた行為についても、「信者の間では、合同結婚式への参加を断る自由があるという理解はなかったものと認められる。」として、「婚姻の自由を侵害する違法があるもの」とした。 1993年10月7日 福岡地裁で、統一教会(統一協会)の合同結婚式に参加し、教会の指示により婚姻届をした日本人女性が婚姻意思の不存在を理由とした日本人男性との婚姻の無効の訴えが認められる。信者の福岡高裁への控訴・最高裁への上告共に棄却[23]。婚姻届をした後に脱会した元信者による婚姻無効の確認を求める裁判は、 1999年4月時点で、約50件程がその主張通り認められている。 教団自身が敗訴した例ではないが、カルト問題の第一人者である浅見定雄・東北学院大学名誉教授が宗教ジャーナリストの室生忠が、浅見を「強制説得」を指導する「全国霊感商法対策協議会」の「請負人」かつ「世話人」であると書いた記事を名誉毀損に当たるとして、記事を書いた室生とその原稿を掲載した『創』の篠田博之編集長を訴えた。 2001年12月17日、東京地裁は、室生側に対し、「記載される個人に対する直接の取材と言う基本的ルールを無視し、これを省略して一方当事者の立場にある統一協会からの資料提供に全面依存し、その結果、事実の記載を誤るべくして誤ったものである」として金90万円の損害賠償と『創』誌への謝罪広告の掲載を命じた。2審でも浅見側が勝訴し、室生側の最高裁へ上告は棄却された。強制改宗に関する教団の主張が信憑性に問題があるプロパガンダ的なものであることが明らかになる。尚、室生の担当弁護士の一人は統一教会(統一協会)の合同結婚式(1988年の6500組)に参加した現役信者であった。[16] 統一教会(統一協会)の現役信者夫婦が、日本人妻の両親と説得に関わった牧師に対し、人格権に基づき、拉致監禁、棄教強要などの差し止めと、牧師に対し約1330万円の損害賠償を求めた訴訟。 2002年3月8日 東京地裁は原告の請求を退け、牧師も両親も全面勝訴した。原告が主張した「S牧師は違法行為の共謀をした」、「原告が監禁されていることを容認した」、「説得を受けた部屋が統一教会(統一協会)信者の監禁場所として常用されていた」、「日本基督教団が統一教会(統一協会)信者を脱会させるために拉致・監禁を組織的に行っている」などがすべて否認された。S牧師が暴言的、脅迫的発言や暴行を行ったという訴えに対しては「穏当性を欠くものであったが、損害賠償請求権を発生させるほどの違法性はない」と判断した。2002年12月26日、高裁への控訴、同年6月27日、最高裁への上告は共に棄却され、被告のS牧師と両親の勝訴が確定した。 統一教会(統一協会)の信者である夫婦が自分達を連れ去り、脱会の説得を行った親、次女、親族、牧師らの8名を被告として、自分達の意思に反する違法な拉致,監禁及び教団からの脱会の強要等の共同不法行為に基づく差止請求及び損害賠償請求を求めた事案。 2004年1月23日 横浜地裁は原告の請求を棄却した。横浜地裁は、「両親の行為がが原告の意思に反する,違法な,拉致,監禁及び統一協会からの脱会の強要とまで認めることはできない」「両親による暴行の事実があったと認めることはできない」と判断し、両親に協力した牧師の行為についても「牧師らの指示,指導があったとは言えない」「統一協会からの脱会の強要にあたらない」とし、原告の請求を棄却した。[17]。 アメリカにおいて、伝道の初期段階に教団の名前を正式に述べなかったこと(不実表示による詐欺)などについて、2人の元統一教会(統一協会)会員が被害を受けたと訴えた民事訴訟。 1審、2審が「訴訟自体が法廷を宗教問題に踏み込ませるものだ」として原告の訴えを棄却したが、カリフォルニア州最高裁は1、2審を破棄し、「たとえ宗教団体による伝道行為であっても、不実表示は伝統的な詐欺事件として扱うことができる」とし、陪審員による事実審理をするようにと差し戻した。結果的に教会と原告は和解したが、「信教の自由」があっても、伝道の方法によっては詐欺にもなり得る場合があることを示唆したものとなった。(モルコ・リール事件 1998年10月27日 カリフォルニア最高裁) 桜田淳子 :元アイドル、歌手、女優。教団信者の姉夫婦(姉夫婦は既に脱会)の影響で、アイドル時代から入信していた。1992年に、徳田敦子・山崎浩子と共に合同結婚式に参加した。現在、3児の母である。教団のイベントや関連企業などにも用いられたりしたことで、“広告塔”になっていると批判された。桜田が所属する事務所の社長に紹介した信者が壺を売ったことや霊感商法について質問されたときに、「普通のビジネス」などと発言したことが顰蹙を買った。桜田の父(故人)は秋田父母の会「陽光会」の会長として、本間てる子と一緒に教会に対する反対運動をしていた。 渡辺久義(京都大学名誉教授、摂南大学教授。英文学者、哲学者): 統一教会(統一協会)の下部組織、「創造デザイン学会」代表。日本におけるインテリジェント・デザイン主張の第一人者。 金徳振(キム・トクチン) : 1950年代中頃に入教。教団の聖歌(19曲)の作曲者。教団の歌集は、彼の曲を作者不詳扱いで載せている。教団の教えを利用し、女性問題を起したことで当時の教会長である劉孝元から厳しく叱責され、教団を去ったと統一教会(統一協会)は言う。離教後、統一教会(統一協会)では「血わけ儀式」が行われていて、文鮮明自身関係を持った女性が多くいたと批判した。教団を離れた後に、警察牧師になったとも言われる。 上田利治の妻 : 野球解説者で当時は日本ハムファイターズ監督であった夫は、妻子の入信が『週刊現代』で暴露されたため、責任を感じ、娘を教団から奪回するため、優勝間違いなしと思われたほど独走していたシーズンの途中で退団した。妻は後年脱会するも、2人の娘が合同結婚式に参加、信仰を続行しており上田とその周辺を心配させていると報じられた。 飯星景子 : タレント。1992年入信をめぐって失踪騒ぎを起こしたが、父親で作家の飯干晃一の強い説得で脱会。テレビでこのときのことを話したとき、「桜田さんに関しては、まず真実を分かってほしいということですね」とコメント。 山崎浩子 : 新体操元選手、現インストラクター、タレント。友人の誘いで入信。桜田淳子・徳田敦子と共に合同結婚式に参加し、勅使河原秀行と結ばれたが、挙式後、親族や牧師の説得を受け、脱会。「マインドコントロールされていました」という記者会見は教団に大打撃を与えた。自著「愛が偽りに終わるとき」(文藝春秋社)で、それらの経緯を書いている。 仲正昌樹 現在は金沢大学教授。18歳の時から29歳まで11年半、信仰していた。 やめた理由は、人間を変えるプロセスがあまりにもプログラム化されていることに疑問を感じ、自分には合わないと考えたこと、メシアというカリスマの指導による弊害や限界を感じたことだという。 [19] 副島嘉和 : 元『世界日報』の編集局長兼、教団の広報局長。777双。『世界日報』の編集方針をめぐって教団側と対立し、暴力的に追放され、教団からも除名された。副島は元営業業局長井上博明と連名で教団の内幕を暴露した「これが統一教会の秘部だ」という内部告発の手記を『文藝春秋』1984年7月号で発表した。その発売直前に暴漢に刺されて瀕死の重傷を負った。 西川勝 : (韓国名は崔奉春または崔翔翼) : 密入国までして日本での宣教をした功労者。日本の信者にも大変慕われ、中にはこの人がメシアでないかと思う者もいたという。本人によれば、笹川良一に大変気に入られ、自らの財団(ブルーシー・アンド・グリーンランド財団)を任せようとしたという。教団の幹部が酒やゴルフに興じるのを見て、大変憤慨したという。教団が韓国の関連企業を助けるために日本のお金を送るようにと言う方針に反発し従わなかった。お金を出せば文鮮明と写真が撮れるというような教団の拝金主義などに呆れて、脱会した[29]。 スティーブン・ハッサン : マンハッタン地区の統一教会(統一協会)に所属していた(自著の日本語訳で元副教会長とされていたが、教団は幹部ではないと否定)。教団の資金集めのチームのキャプテンとしてマイクロバスを運転していた際に事故を起こし、その治療静養中に、家族による説得を受け脱会。その後、心理学を学び、『マインド・コントロールの恐怖』という本を出版。カルト教団から信者を救出する組織、「CAN」(カルト警戒網、現在はサイエントロジー含むキリスト教系、仏教系の関連団体がその名を受け継いだため、カルトの側に立つ、まったく正反対の性格の団体となった)で活動してきた。 文恩進(ムン・ウンジン) : 文鮮明の四女で、教団の祝福を受けたが、乗馬のコーチと再婚した。洪蘭淑と共に、アメリカのテレビに出て、教団とは決別したこと、父親に私生児がいることなどを暴露した。 ドナ・コリンズ : ヨーロッパおける草創期の教団幹部の娘。幼い頃から文鮮明ファミリーと間近に接して来たが、文一族の贅沢ぶりや、不道徳さ、横暴さ、無慈悲な姿を見て、「こんなのがメシアではありえない」と思うようになり、教団を離れた。両親も離教している。[20] 笹川良一 (全国モーターボート競走会連合会 後の「日本船舶振興会」の会長): 密入国で逮捕された西川勝の身元引受人を買って出た。 安倍晋太郎(故人・衆議院議員): 岸信介の女婿。教団は自分達に賛同的であった岸信介・ 福田赳夫の流れを汲む安倍晋太郎が総理になることに期待をかけていたが、総裁の指名権を得た中曽根康弘が、意に反して竹下登を指名したことを強く非難していた。 ジョージ・H・W・ブッシュ(元米大統領):韓鶴子の世界平和女性連合の講演で、バーバラ夫人と共に家庭の価値を訴える。バーバラ夫人は韓国の清平で金孝南から按手を受けたと言われている。 エマニエル・ミリンゴ(カトリック大司教): 2001年5月27日、聖職者の結婚を禁じたカトリック教会の規則を破り、統一教会(統一協会)の合同結婚式で韓国女性ソン・マリアと結婚し。反対するローマ教皇庁から説得を受け、結婚を解消し、カトリック教会に戻り、破門を免れた。2006年7月12日、ナショナルプレスクラブの記者会見で「私の妻と私は分離する事ができないし、妻は常に私と一緒に生活している」と以前の言動を翻し、同席したカトリック司祭らと共に、司祭の結婚を禁じる制度の撤廃運動を再び表明した。 ジョージ・スターリングス(米国キリスト教イマニ・テンプル大司教): 文鮮明を「メシヤ」、「神の人」「神そのもの」などと積極的に賞賛している。妻は統一教会(統一協会)の合同結婚式で選ばれた日本女性。統一教会(統一協会)では“大司教”の肩書きで紹介されているが、『ニューヨーク・タイムズ』によれば、スターリングスは1989年に性的不品行を自らの教区で非難され、ワシントンの大司教(ジェームス・アロイシャス・ヒッキー枢機卿)による処分を拒否し、独自にイマニテンプル教会を開く。そして自らを大司教に任命。それ以来、スターリングスは、カトリックの教義に反して、結婚を願う聖職者を受け入れることで教会を広げようとしてきたという。 室生忠(宗教ジャーナリスト):統一教会(統一協会)関連のシンポジウムの講師等を務めたこともある。月刊誌『創』(2000年4月号)で浅見定雄が「統一教会信者の『強制説得』請負人」で、「信者を脱会させるために精神病院に『強制収容』する事件に加担した」などとする記事を書いたことを当人から名誉毀損で訴えられ敗訴し、『創』誌に謝罪広告を掲載するよう命じられた[96]。 山谷えり子(自民党参議院議員):教団の全面バックアップで国会議員に[要出典]。教団の推進する、反夫婦別姓、反ジェンダーフリー運動に取り組んでいる。しばしば『世界日報』にコラムを記載。 大山倍達(空手家):大山の未亡人は、倍達は統一教会(統一協会)の初代会長、久保木修己とも面識があり、統一教会に何人か友人はいたが、自分も娘も統一教会が嫌いであり、倍達が信者でなかったことは断言できるとしている。ある時、統一教会関係者が倍達に壷を持たせて撮った写真が「霊感商法」をやっている会社の広告に使われたことを知って倍達は怒り、それ以来統一教会との付き合いも少なくなったと語っている。[97] 藤岡弘、 : 俳優。統一教会(統一協会)信者でないかと報じられたことがあったが、後に(教団関連のセミナーと多少のかかわりを持ったことはあるものの)信者ではないと判明した。しかし今なおネットには、彼を統一教会信者であるとする怪文書が流布している。しかし教団で飲むことを許されていないアルコールのCMに出演経験がある藤岡が、信者である可能性はほとんどゼロであろうから、信者であるとの認識はデマである。 島田裕巳(宗教学者):大学の授業で統一教会(統一協会)のビデオを使用したり、教団を擁護するかのような発言があったことからシンパではないかとの疑惑も上がり[51]、カルト批判者から非難を受けた。 民主党は千葉県流山市議選にて、統一教会関係者を民主党公認で出馬させていたことが伝えられている[99] 浅見定雄(東北学院大学名誉教授)教団の草創期から反対運動に関わっている統一教会(統一協会)問題の第一人者。数々の著作がある 有田芳生(フリーランスジャーナリスト)『朝日ジャーナル』で霊感商法報道に関わったことを機に、「統一教会に詳しいジャーナリスト」という肩書きでしばしばテレビでコメントし、教団の問題点を批判する著書を多数執筆。 山口広(弁護士)霊感商法被害対策の組織「全国霊感商法対策弁護士連絡会」(被害弁連)を事務局長として主導して来た。 紀藤正樹(弁護士)霊感商法「被害弁連」の中心的存在。テレビでも統一教会問題を取り上げた番組によく出演している。 郷路征記(弁護士)統一教会(統一協会)の伝道を「信教の自由」を侵害する違法なものとして訴える違法伝道訴訟(青春を返せ裁判)の先駆者。 飯干晃一(作家) : 娘の飯星景子を説得して、離教させた。マスコミや批判書を通じ、統一教会(統一協会)に対する反対活動を積極的に行う。反対集会に参加しては参加者を励ましたり、渋谷の教団本部に出かけて行っては、現役の信者に一人ひとりに「君は間違っているぞ」と説得を繰り返したという。 高橋紳吾(「東邦大学助教授、精神科医」: 日本脱カルト研究会(現:「日本脱カルト協会」)を設立。マインドコントロール理論から教団をカルトとして解説。 西田公昭(社会心理学者): カルトによるマインドコントロールに関する研究において、統一教会(統一協会)の資料や元信者の体験を採用しており[51]、オウム事件の裁判において心理鑑定人も務めた[22]。 卓明煥(タクミョンファン)(宗教ジャーナリスト)韓国において著作や講演で統一教会(統一協会)を批判。 櫻井義秀(北海道大学 大学院教授):宗教社会学などの観点からカルト・マインドコントロールに関する研究において統一教会、天地正教などを考察している。 田中康夫 (前長野県知事。現新党日本代表・参議院国会議員。作家)ゲストとして出演したラジオ番組で何度か教団を名指しで批判した。 リチャード・コシミズ(ネット・ジャーナリスト)自身のウェブサイトや自著で自民党やロックフェラー家と統一教会の関係などに批判的に触れている。 石井紘基(元民主党衆議院議員。故人) 生前、統一教会とオウム真理教との関係や統一教会と政治家のつながりなどを指摘する発言を行っており[100]、2002年10月の右翼団体員による暗殺はこれらの発言が一因ではないかと言われている。 瀬戸弘幸(右派系政治運動家・ジャーナリスト) 自身のブログや維新政党・新風の演説などで、統一教会はカルト宗教であり、国家権力に関わっているから、税金を課すべきであるなどと批判している[101]。 米本和広『統一教会信者「脱会」後の重い十字架 書かれざる「宗教監禁」の恐怖と悲劇』(講談社 『月刊現代』2004年11月号掲載):カルトを批判する立場の著者だが、統一教会(統一協会)が問題のある教団だとしても、親たちが信者を拉致、監禁とも言える強引な脱会方法はゆるされるのか? と批判) 人類史の大真実・文鮮明師と統一原理の真実(統一運動の略史、創始者の紹介、賛同者・反対者のリスト等がある この管理者が行なった本項目に対する編集が教団寄りであるとの批判が出た。ノート:世界基督教統一神霊協会参照) 「統一教会ナビ」(統一教会(統一協会)に関する賛同的なもサイトも批判的なサイトも集めたサイトのリンク集) 統一協会問題キリスト教連絡会 (旧・日本キリスト教団統一原理問題連絡会、日本の6教派の統一教会に対する声明が掲載されている) 統一教会の霊能者『李相軒先生が霊界から送ったメッセージ』のウソ(佐倉哲エッセイ集の中にある統一教会(統一協会)の霊能者への批判) ^ 「出入国管理及び難民認定法」第五条には、日本に上陸を許可しない外国人の条件の一つに「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者。」という規定がある ^ 修練会では軽く言及されるが、文鮮明の半生を解説した『文鮮明先生を中心とする現代の摂理』(光言社 1990年12月1日)や教団の公式ウェブサイトでの創始者としての文鮮明の半生の紹介でも省かれている[1] |
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