考えとは?/ マイワン
[ 148] 考えなしにIEを使うのはそろそろやめよう:ITpro
[引用サイト] http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/SEC_CHECK/20020903/1/
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しかしそれ以上に心配なのが,IE以外のブラウザが市場から消えてしまうことである。このままIEがシェアを拡大し続ければ,他のブラウザは商売にならず,淘汰(とうた)されてしまうことだろう。それは,すべてのユーザーにとって好ましいことではない。「Windowsに最初から搭載されているから」との理由だけで使っているユーザーは,少し考えてもらいたい。 IE以外に選択肢がなくなることは,セキュリティの観点から危険である。IEに深刻なセキュリティ・ホールが見つかって,その対応策がすぐに公開されなかった場合,ユーザーには「ブラウザを使わない」という逃げ道しかなくなる。 加えて,複数のWebページを一つのグループとしてブックマークに登録できるようになった。そのグループを指定すれば,登録されている複数のページがタブを付けられた状態で同時に開かれる。 以前からNetscapeユーザーであった筆者だが,性能の向上と安定性の強化,および今回の“タブ・ブラウザ化”で,ますます手放せなくなった。正式版になって,Webブラウザの右上部に表示される「N」のマークが円形になり,アニメーションが凝った表示に変更されたことも“クール”だ(もっとも,これは好みの問題だろう)。 ダウンロードできるのは,広告バナーが表示される「アドスポンサー・バージョン」で,無償で使用できる。トランスウエアのWebページでライセンス・コードを購入すれば,この広告バナーを非表示にできる。また,メールによるサポートを受けられるようになる。 新版で修正されたのは,主にブックマークやマルチバイト圏のエンコーディングに関するいくつかのバグである。また,Operaで使用しているSSLのライブラリ「OpenSSL」に見つかったセキュリティ・ホールも修正された。修正点などについては,同社のサイトで公開している。このように,変更履歴をきちんと公開していることは評価できる。 IEを使う際には,このコラムでも口がすっぱくなるほど言っているように,セキュリティには十分注意しなければならない。具体的には,最新パッチの適用と,以前のコラムで紹介した「IEを使い続けるための“お勧め”設定」が必須である。 ただし,ここまで機能を制限すると,閲覧できないサイトが多くなるので,自分が信頼できるWebサイトについては「信頼済みサイト・ゾーン」に登録する必要があるだろう。しかし,安易に信頼済みサイト・ゾーンに加えてはならない。そのWebサイト自身に悪意がなくても,最近指摘が相次いでいる「クロスサイト・スクリプティング」のぜい弱性があった場合,信頼済みサイト・ゾーンで許している動作を,攻撃者から自由に実行される恐れがあるからだ。 同コントロールを外部からある方法を使って呼び出すと,ユーザーのシステムにある証明書を削除できてしまう。具体的には,「信頼されるルート証明書」,「EFS 暗号化証明書」,「電子メール署名証明書」などを削除される恐れがある。 今回のセキュリティ・ホールを悪用する攻撃のシナリオとしては,以下の2パターンが考えられる。(1)セキュリティ・ホールを悪用するWebページを用意し,ユーザーを誘導する。(2)セキュリティ・ホールを悪用するWebページをHTML形式のメールとして,ユーザーへ送信する。 (1)については,攻撃者のWebページが該当するセキュリティ・ゾーンに対して,ActiveX コントロールを無効にしている場合には影響を受けない。そのようなページが信頼済みサイト・ゾーンに登録されていることはまずないので,インターネット・ゾーンとイントラネット・ゾーンで「ActiveX コントロールとプラグイン」の項をすべて無効にしておけば,影響を回避できる。このことは,以前のコラムで紹介した「お勧め設定」に含まれる内容である。 野村総合研究所(千手インフォメーションセンター) コストメリットに優れた運用管理ツールの導入が監視サービスの展開を支える 松下電器産業 パナソニック システムソリューションズ社 かつてない高画質「メガピクセルカメラ」徹底解説 NTTコミュニケーションズ 迷惑メール対策はアウトソーシングサービスが有効 〜決め手は振り分け精度の高さ 製品&サービス・ディレクトリ業務アプリケーション設計開発OS/DB/ミドルウエアサーバー/ストレージ |著作権・リンクについて|個人情報保護方針/ネットにおける情報収集/個人情報の共同利用について|サイトマップ| |
[ 149] 自分を語りたがらない人々 - 深く考えないで捨てるように書く
[引用サイト] http://d.hatena.ne.jp/azumy/20070512/1178944146
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実は実生活でもいるのだが、実生活ではあれこれ自分について語らなくてもコミュニケーションがとれるものなので、あまり意識しない。ネットだと、言葉をやりとりをしてなんぼ、なので、あれ? と気がつく。 古くからのネットの知人でも、ブログはおろか、クローズドのmixi日記でも、自分自身についてほとんど書かない人がいる。自分の食べたものや、自分の行ったところ、ネタ的なものなどについては、時々簡単に書くが、それについて自分がどう感じたか、は書かない。それなら活動してないのかというと、そういうわけではなくて、他の人のブログや日記はけっこうまめに読んでいる。 他人とつながることを忌避しているわけではなく、自分自身の情報、特に心理的なことや感情的なことについて表に出すことを忌避している。 そういう人がつきあいにくいわけでもない。チャットやメールで話していれば楽しいし、レスポンスが悪いわけでもない。 表でそういうことを言うと余計なトラブルになる、と思っているわけでもなさそうだ。彼らはたいてい、どちらかというと気が強く、ネットリテラシーもわりと高い。変な絡まれ方をしても相手を叩きのめすか、またはスルーするくらいのことは余裕でできると思う。 たぶん、そういう自分の中の心理、思想、論、人格というものを出せる、あるいはわざわざ出そうと思える範囲が狭いだけなのだろう。おそらく、相当親しくならなければ出さない。家族や配偶者レベルでも出さないかもしれない。 それはそれでいいのだが、こういうタイプの人は、自分からあまり、あるいはほとんど発信をしないので、現在のような断片化したネット環境だと、だんだんと距離が離れていく。 自分を語りたがらない人にも面白い人はたくさんいるのだけど、現在のネット環境では、そういう人が新たに居場所を見つけるのは難しいのかもしれないし、そういう人と出会うことも難しい。 友達でそういう人いますわ。メールも会話も、事実や情報を述べるだけの人。で、おまえは何を感じ、何を思ったの?と聞いても、いや別に。だそうだ。すごい情報通で、リテラシーも高いのに。そんな人がblogを開設したというので見に行ったら、まさに事例どおりの内容。最近はサイボーグなんじゃないかと思ってます。 前々から思っていたのですが、たぶん宇宙人なんですよ。だから相手に自分の個人情報をなるべく知らせないようにしている。とオカルトなことを言ってみるテスト。 成人向け同人活動をしています。BLOGはその告知や感想書き込みなどで活用しています。法に触れているわけではありませんがあまり人目のよいことをしているわけでもないので個人を特定されるようなことは出したくありません。あと、友人知人や同人仲間をふくめネタでない単なるプライベートの書き込みは普段スルーすることが多いのであまり読者の興味がなさそうな安易な書き込みで埋めるのもどうかと思ってたんですが。 んー個人情報とかプライベートの話じゃなくてね。自分を表現しない人の話でしょ。>BLOGはその告知や感想書き込みなどで活用しています。これで言うなら、感想書き込みをしない人の話。 このエントリも「自分を表現しない人」並に中身がないですね。そういう狙いで書かれたのでしょうか。内容のない人の自分語りほど鬱陶しいものもないですしね。読まなきゃいいんですけどね。 >ねこっちさんコメントをありがとうございます。サイボーグ! はちょっとすごい表現ですね。聞く(読む)側としては寂しい思いもありますが、内心には感情も考えもあるはずですから、サイボーグということはないと思いますが……ただ表に出さないということなのだろうと思っています。 >kkk6さんコメントをありがとうございます。宇宙人! これはオカルトですね。実はブログ書いてる人の中にもいるかも。 >匿名希望さんコメントをありがとうございます。個人を特定されないためやネット活動に必要ないため個人情報を出さないのは当然の動機だと思います。開設しているサイトの質によって余計な話題を出さないのも、サイト運営の範囲の話ですよね。ねこっちさんもフォローしてくださっていますが、これは軸の違う話かなと思います。 >自分を表現しない人さんコメントをありがとうございます。大した内容がなくても私は書きますが、興味をそそられないようでしたらお気に留めずにおいてくだされば幸いです。 公務員の守秘義務なんかがネックになったりすることもありますね最近はどうでもいいような個人情報でもものすごく大騒ぎされますから >hitomi0013さんコメントありがとうございます。仕事関係の話や居住地などのいわゆる個人情報は、公開するに注意が必要なのはたしかですね。このあたりは人によって基準がかなり異なり、分かっていてゆるい人もいればそんなことまで?というほど厳しい人もいるので、いろいろとありそうです。 どうかんじたか、をいわない人っておおいな、とおもいます。それもひきこもりとかって特異なタイプでなくて、ネットでも現実でも常識のある人だったり仕事も友達つきあいもできるタイプだったり。たぶん非難されるのが怖いんだと思います。それは「おまえは間違ってる」とかってのではなくて「○○って映画観た、おもしろかった」「えーーー、あれめちゃつまんないじゃん」程度の意見の食い違いでも、本人は「受け入れてもらえない、批判された」とかんじるんじゃないかなあ。そこで「○○という映画は興行収入○○億円、○位」みたいな事実の列挙だと、もしその数字が間違いだとしてもそれは本人の責任ではなく、その数字を発表した雑誌なり映画会社に矛先がいく。。。そのひとたちがどうあるべきというのでなく、実はどうでもよくて、自分もそういうとこあるのでそんな自分とどうつきあっていくかな、と思ってます。 はじめまして。とりあえずエントリーを一読して思ったことを書いておきます。最初にブログを書いていたときは実名で文章を書いていたのですが、自分の住所・職業・友人の氏名などは極力文中に書かないようにしていました。当時自分が置かれていた状況から判断すると、そのような個人情報をネットに載せるのは危険であると思われたからです。ネット上に文章を書くにあたって、「自分についての情報を開示する」ことと「自分についての情報を隠蔽しておく」というバランスをとるのは難しくて、ネット上でコミュニケーションをとるには、「自分についての情報を開示する」方が良いことは分かっていますが、そうは問屋が許してくれない場合も多いと思います。「自分の中の心理、思想、論、人格」というものは自分の人格を形成する上での脆弱性となっている場合が多くて、そこを攻撃されると、けっこうダメージを受けるという場合も多いと思います。(中には、相手の中の心理、思想、論、人格を否定するとダメージが大きいことを知っていてわざと行う人間もいます。)自分を語りたがらない人というのは、そういう感じで何らかの理由で(無意識のうちかもしれないけれど)自己防衛しているのではないか。と思いました。 はじめまして。自己防衛や批判を避けるといった目的以外にも、「ネットでなんでも」への抵抗感と「人とは広く浅いより、狭く深くつきあいたい」の体現が考えられると思います。ネットリテラシーが高いゆえに、ネットを自分はどういう用途で使い、どういう用途では使わないという自分なりのすみわけがきちんとなされている方も多いのでないかと。それでネット上においてあえて語らないことで距離感が相対的に遠いと感じられてしまう、結果的に忘れられてしまうくらいならば、その人との関係性はそれまでのものなのだという見方もあるんじゃないかと。そういうと、なんだかおごったような物言いですけど、そういう人たちなりの努力って見えないところにあると思います。自分がつながっていたい人には自分なりの個別アプローチを使って(直接対話、メールなど含め公的ツール外で)発信していくし、その人たちと大切な関係が築けるように本質的な自分磨きに時間を費やしているのではないかと。多くの人に伝えたい意欲がない自分の考えについては、公的な発信手段を選ばず、伝えたい個人に違う媒体を選んで伝える。そういうのって、あるかなぁと思います。タイプの一例として。 「自分を語りたくない」のではなくて「自分をうまく語れない」という人も居ることを忘れないで欲しい。単に言語化が苦手なだけで「自分をうまく語れたらいいのに」とコンプレックスを持っている人。そういう人も多いと思う。 >blogenさんコメントありがとうございます。おっしゃる通り、自分の内面を(特に不特定多数に対して)表出することは、ある人々にとっては非常に恐ろしく危険だと感じられていると思います。そういう場合に無理に表に出すべきとも思いません。どちらかというと、そういう人がいることを知っているのに、ふと意識から落としてしまいそうになる自分への自戒みたいなところもあります。 >kinghuradanceさんはじめまして。コメントをありがとうございます。blogenさん宛にも書きましたが、自分の内面を表出することは自分の内面を不特定多数に対して危険に晒すことでもあります。それゆえ最初から表に出さないことが賢いやり方の一つであることもまた事実なんですね。むしろ、表に出さない人のほうが慎重にものを考えて、冷静に自分を見ているという場合もあります。自己防衛という視点は、非常に納得がいきます。今回の記事ではいわゆる個人情報(氏名、居住地、年齢、職業など)については考慮に入れていませんが、内面を表出しない人は往々にしてこういった個人情報についても非常に厳しく管理しています。ネットを利用しつつも、ネットというものに対して全く信用を置いていない、という面はあるのかもしれません。 >ふむさんコメントをありがとうございます。「人とは広く浅いより、狭く深くつきあいたい」、これはよく分かります。ただ、私もどちらかというとそういう考えなのですが、実際に他人と交流をもつかどうかとは別に、自分の内面をこうして書き記したいという気持ちはあります。そのあたりの差異はどこからくるのだろう、という興味はありますね。>>そういうと、なんだかおごったような物言いですけど、そういう人たちなりの努力って見えないところにあると思います。これは、その通りだ! と感じました。まめにメールしたり、mixiであちこち読んで回ったり(あしあとがつくので分かる)。コミュニケーションをとっていないわけでは全然ないんですよね。むしろ非常にまめです。コミュニケーションのとり方が違う、あるいは自分がコミュニケーションだと感じる範囲が違う、ということかもしれません。または、コミュニケーションとして苦になる範囲が違うとか。そんな感じですかね。 >aokimichiさんコメントをありがとうございます。「自分を語りたがらない」には、語ることに抵抗があるゆえに語らない、ということも含んでおり、語ることへの抵抗は、うまく語れないから、という理由もまた含みます。そういう人も含めて、「語りたがらない」人は、ネットシーンにおいて、語る人同様に価値があり、いろいろな考えを脳裏に喚起しているに違いない存在であるのに、どうしても意識にのぼりにくく、環境的な事情から、その存在について注視されづらくなってしまう。そういう状況に対して、惜しいと感じている、というのが自分の一番生の感覚でしょうか。これ以上うまく言語化できなくてすみません。 > azumy さん「惜しい」という感覚分かります。考えを表現できないというのはすごくもったいないと思う。僕の中では「語る人」と「語らない人」が居て、「語らない人」の中に「語りたがらない人」「語りたくてもうまく語れない人」が居るという関係図のイメージ。梅田望夫さんのウェブ進化論じゃないけど、「語りたくてもうまく語れない人」にとってブログのような道具は大きな可能性を秘めていると思ってます。 あぁ、このエントリーまさしく自分です。こうやって名前隠して投稿するところとか(笑)少し前までは、ネットで自分の情報を出すのは危険だ、と言う認識が一般的だと思っていたのですが、mixiなどで自分の知人が個人情報や友人の情報、今日何をしたのかを克明に書き出しているのを見てちょっとビックリしました。確かに最近のwebは「自分を語る人」向けのツールで溢れていて、私のように「自分を語らない人」にはちょっと違和感があります。 >aokimichiさん>>梅田望夫さんのウェブ進化論じゃないけど、「語りたくてもうまく語れない人」にとってブログのような道具は大きな可能性を秘めていると思ってます。同感です。ブログのペースは掲示板ともチャットとも違っていて、他のサービスではうまく語れなかったけれど、ブログならばできる、という方もいるだろうと思います。語りたくない人が語る必要は全くないですが、語りたいのにうまく語れない人が語れるようになるのは、素敵なことですね。 >まさしく自分さんコメントありがとうございます。>>確かに最近のwebは「自分を語る人」向けのツールで溢れていて、>>私のように「自分を語らない人」にはちょっと違和感があります。ここ、まさしくそう感じます。特に、この1年くらいで急速に変化した感があります。ケータイ文化とPC文化が近づいたという感もあります。変化が急激なので私のような年配者にはなかなかついていけません。今のよさもいろいあるので、昔のようであればいいのに、とは思いませんが、いろいろ変わったなぁ感はありますね。 こんにちわ。昨日からはてなをはじめたパソコン超初心者です。僕はあまりのパソコンスキルの低さのせいで”語るに語れない”です。一本指でがんばります。よろしくです。 >taroboさんこんにちは。コメントありがとうございます。打鍵が遅くても、ブログなら問題ないですよ。ゆっくり自分のペースで打ち、話をまとめることができます。パソコンもはてなもどうぞご自身のペースでいっぱい楽しんでくださいね。 私はこれを読んで気分を害した。なぜかというと、あなたはどうなんですかと思ったからだ。そして、自分を語る理由として、面白い人であるというアピールの意味をそこに汲み取ったからである。面白くない自分を語ることだってありえるではないか。一方的な決め付け的な物の書き方に不快な思いをした。語るということは興味を向けてくれる人が居たときになりたつわけで他人に心から関心を向ける人が社会にどれだけいるんですか。勝手なこと言わないでください。 >azukicatさんコメントをありがとうございます。azukicatさんが記事のどこからコメントのような内容を読み取ったかは不明なのですが、不快に感じたということは了解しました。不快にさせて申し訳ありません。ですが、私はこれからも勝手なことを書くと思います。ネットで発言する以上、そういう側面をなくすことはできません。ご期待に沿えず、重ねて申し訳ありません。もしまたご不快なことがありましたら、ご指摘くだされば幸いに存じます。 私もあまり語りたがらない、語らない人間だと思う。私の場合、感情の起伏が少し人より狭いからだと思っている。日々の生活に対して(他の人間はどうだか知らないが)劇的にブログなどで伝えるべきニュースがとくにない。しかも、ブログとは公表するものだから、読み手になんらかの伝えたいことがなければと勝手に思っている。つまらないブログは果たして公開する必要があるのか?つまらないという感覚は人それぞれだが、人並みの感想を述べるだけの、しかもそんなに日々の生活に変化のない自分が、語りたいとは思わない。ただ、自分に自信がないということもある。自分のことを否定されるのもこわいし、普通というカテゴリーから外れた人間と見なされるのがこわい。かといって、人のことが気にならないわけではなく、むしろ、他の人間は日々の生活の中で何を発見し、何を思って人生を生きているのだろうと思うから、他人のブログをのぞきにいったりもする。(自分の感受性に問題があるのか?)しかし、私の場合、見るだけ見て、発言しないというのはフェアではないと思うから、一応は発言したりはする。しかし、こういう場において、積極的に発言する者たちがこういう疑問を投げかけ、ある程度発言しなれている者がそれに答える(コメントする)というかたちであると思う。何にしろこの記事は、「発言しない人は何なんだ、自意識過剰なんじゃないのか。自分たちは発信しているんだぞ。」的な発言する者のほうが偉いような風にとれる。だいたい。ブログなど、個人的なことを自ら公表し、それに反応がないといって不愉快になるのはお門違いだし、(なぜなら、自分が公開したくて勝手に公開してるのだし)、また、発言しない人にだって発言しない自由があるのだし、自らの事を知られるのが嫌いだという性質というものがこの世に存在するのだ。(もしかしたら、生い立ちなどが不幸なのかもしれないし)。そういう人間をあーだこーだと推察・討議・自己満足な結果を得たところで、発言しない人間の性質は変わらないし、何の役にも立たない。どれだけ言ったところで、ここの発言者の多くは発言する人間なのだということを理解していなければならないと思う。 >kotaroさんコメントをありがとうございます。直接kotaroさんのみ宛のコメントというわけではないのですが、>>何にしろこの記事は、「発言しない人は何なんだ、自意識過剰なんじゃないのか。自分たちは発信しているんだぞ。」的な発言する者のほうが偉いような風にとれる。ととっていらっしゃる方が意外と多いことに驚いています。それゆえ追記もしましたが、それでもやはりそのようにとる方がかなりいらっしゃるようです。ネット著名人でもないその他大勢(いわゆる雑魚)の一人である私が「こう思う」ということを言った程度で、これだけの方が反応し、中にはなにか怒りか不快か、あるいは不安や危機感、そういう感情をもつ方もいらっしゃる。「自分を語る」ということは、ネットにいる人にとって、なにかネットにいること自体と深く関わる、そして危機感を抱きやすいスイッチなのかもしれないと、今回の反応の数々を見て思いました。失礼ながら、kotaroさんのコメントもそういう流れの一つとして拝見しました。むしろ内容的には、特に後半は私が書いたこととかなり共通点があると思ったのですが。私が読み違えていたら申し訳ありません。 はじめまして。コメントさせていただきます。この文章を拝見させていただいて、まさしく自分のことを言い当てていると感じ、共感しました。僕は、リアルでは知り合いの人から、変人、宇宙人と呼ばれているのですが、そのことについて、別段反論する気もなくそれでいいと思っています。自分自身について、よほど親しくなった相手でないと語りたくない。ある意味では、閉鎖的な性格です。でも、その閉鎖的な性格でも、リアルではある程度生きていくことができる。自分の文章が、文章的にまとまっているかどうかわからないのですが、そういう自分、そういう人でも市民権とはいかないまでも、変人扱いされることなく生きていける世の中の受容性が広がれば、個人の多様性を受け入れられる社会になればと感じていたりします。 >zoneultraさんはじめまして。コメントをありがとうございます。リアルでは、心情をあまりあからさまに見せなくても、表情やちょっとした動作などである程度は窺うことができるので、ネット上に比べると、あれこれ自分を語らなくても関係を保ちやすい、ということはありますね。極端な話、黙って相手の話を聞いているだけで存在感のある人もいますし。自分を語らない人も決して珍しくはないので、それだけで変人ということもないなあ、と私などは思いますが、宇宙人というキーワードは、最初のほうのkkk6さんのコメントにも出てましたが、ちょっと面白いです。不思議な人、謎めいた人、手の届かない人というイメージなんでしょうかね。 >BLACKBIRDさんうわ! 今頃になってコメントに気づきました。どうもありがとうございます。見落としてしまって申し訳ありませんでした。意図的にとばしてしまったわけではありませんので、どうかご容赦ください。画面認証については、スパム対策をすると自動的についてきて、はずすことができないものらしいです。噂ではかなり見にくいと聞いてましたが、はてなIDでログインしていると出ないので、どのくらい読みにくいものか存じませんでした。ということで、見づらくて申し訳ありません。 |
[ 150] 「しないことリスト」で考えてほしいこと - My Life Between Silicon Valley and Japan
[引用サイト] http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080212/p1
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日経ビジネス・アソシエ2月19日号は、「できる人の「しないことリスト」」という特集だ。僕も常々「やめることを決める」大切さを主張しているので、興味を持って読んでみたのだが、非常に面白い発見をしたので、ここでご報告しておこう。 こういう特集を一生懸命読む人は、「しないこと」をなかなか決めることができない人だと仮定する。自分はなかなか「やめること」が決められないなあと思っている人だと仮定する。 だとすれば、松本の「しないことリスト」は零点。そういう読者にとって、何の参考にもならない。一方、川本の「しないことリスト」はかなり点数が高いと思う。こちらから学ぶべきだ。 松本大はおそろしく能力の高い人間なので、ひょっとすると「しないことリスト」なんて本当はあんまり考えたことなどなく(何でもすぐにできてしまうから、じつは悩んだことなどない)、取材を受けて適当に思いついたことを話したのではないか、と勘ぐりたくなるほどである。 それに比べると川本裕子は、激しく働く二児の母として、「時間のやりくり」に悩み抜いて生きてきたからであろう、彼女の「しないことリスト」は切実だ。この特集の読者は、こちらを見習ったほうがいい。 何が違うか。それは自動的に「しないこと」が判断できるということだ。その都度、この人ならいいやとか、そういう曖昧な判断がいっさい入らないことが大切なのだ。 妥協の余地がまったくない。相手が誰であろうと「夜の宴席」には行かない、番組によらずテレビは見ない、のだから、悩まず自動的に判断できる。だから必ず効果が出る。松本の「(2) 苦手な人とは食事しない」とは本質的にまったく違うというのが、おわかりいただけるだろうか。 2008/02/13 07:29 テスト項目表のように曖昧さを限りなく除外するのが望ましいということですね。そういう意味では川本さんのリストもテレビは見ない以外は曖昧さがあり、例としてはわかりにくさがありますね。 2008/02/13 07:36 梅田様。時々読ませていただいております。プロ棋士について疑問に思うことがあります。将棋の世界にお詳しい様ですので質問させていただきます。プロ棋士は勝負になれば相手と同じ条件で戦い、結果白黒つける世界に住んでいるのだと想像します。そんな世界で、突き詰めていけば「勝てばいいんだろ?」といった話になりそうですが、あまりそのようなふてぶてしい態度を取る棋士も見ませんし、そういう話を聞きません。実際はそういう棋士はいるが目立たないだけなのかもしれませんが、どうなのでしょうか?もし、いないならばそこにはどんな理由があるのでしょうか? 2008/02/26 06:00 プレイヤーとしてのビジネスマン松本氏が、一刀両断では決められない曖昧な判断を常に強いられ、オブザーバーとしての学者川本氏は一刀両断(よく言えば明確に)な基準で動いても生活していける世界にいるというだけの違いのようにも思えます。そして、梅田さんはオブザーバー(しかも純粋なオブザーバーではなく、プレイヤーとしての立場と利益相反が生じることが良くある)として川本さんの立場に馴染むというだけの話のように思えます。その意味で結構主観的なことが書いてあると思います。あと、「自己矛盾」さんのHNとコメントに共感します。例えば梅田さんは、いつも「肯定的であれ」と言いながらひどく否定的なコメントを続けておられるように思います。 タイトル戦を見て、これはいい手、これは悪い手、あーだこうだと言うのは楽しいのですが、集中度、真剣度が違う対局者の読みに勝てないことはわかっているので、虚しさも感じます。「負ける」という恐怖がある対局時と、気楽な観戦時では考える手や、感じ方が全然違ってくるので、仮に実戦より優る手を見つけたところで、あまり意味を持ちません。(渡辺明ブログ3/28/08) 国際的なコミュニケーションで大事なのは、意味がある言葉を話せるかということである。この基礎は母国語のなかでどれだけ「意味の含有率」が高い言葉を構成できるか、という能力にかかっている。(日経3/25/08) 序盤から読み合って、その都度折り合って、シーソーの水平を保っていたが、ここで均衡が崩れてしまった。水面下の押し引きで、時間も気力も体力も少しずつ削られ、正直バテた。藤井さんを含め、上位棋士の真の強さはこういう部分にあると思う。(日経3/19/08) 昨日の将棋、試しにボナンザ先生にお伺いをしたら、僕が間違えた局面2つで、先生はピタリと正解手を示されました。昨年3月の凄腕コンピューターではなく、家庭用パソコンでの先生の読みに負けているようでは、楽観うんぬんという問題ではないかもしれません。(渡辺明ブログ3/22/08) 険しさ自体に変わりはないが、その中にドラマティックな場面が出てきたりする。そういう意味では楽しいという感じがする。将棋は5、6手進んだだけで、思ってもみなかった展開に変わったりする。その面白さはずっと変わらずある。(将棋世界2008年3月号) 以前、数学者という職業の人は周囲の人から「大変ですね」と言われてもピンとこない、何故なら当人にとってそれは遊んでいるにすぎないから、という話を聞いたことがあるんですよ。それって少し羽生さんに通じるものがあるなと思いました。羽生さんも考えること自体が楽しくて仕方ないのではないか、と。(将棋世界2008年3月号) 数学的に可能な局面をすべて並べて、片っ端から形勢判断をしてくれと言われたら、かなりの確率で答えられると思いますよ。(中略) でもそれをわかっているとは言わないでしょうから。全然わかっていない局面でどのくらいわかっているのかと問われたら、全然わかっていないのかもしれない。局面自体を把握できれば、正解も見つけられると思うんですけど・・・。羅針盤がきくかどうかというのは、ものすごく大きいんですよね (将棋世界2008年3月号) 先入観をもたない、ということです。(中略) 先入観をもたないで見るのは、なかなか難しいんですよ。先入観をもってみるほうが簡単だし、楽だし、しかも効率がいいんです。でも、先入観をもたないということは、一番大切なことだと思っています。(中略) それは逆に、年齢を重ねれば重ねるほど難しくなります。邪魔するものがいっぱい出てきますから (将棋世界2008年3月号) (羽生マジックについて) 私自身がどうこうということではなく、将棋は”最後までわからない”ということが大きいのではないかと思います。終わりに向かって可能性が小さくなるゲームでは逆転は少ないでしょうけど、将棋は、常に可能性は低くならない。その意味で、将棋には”最後までわからない”という要素がふんだんに含まれています。だから、私がやっているからということではなく、将棋はそういうゲームなんだ、ということだと思います。たとえば囲碁は、終わりに向かって可能性が低くなります。(将棋世界2008年3月号) 実は、将棋はねじり合いが基本なんですよ。局面が進んでいくと、だいたいねじり合いみたいなものになるんです。だから直線的な感覚で見るのではなくて、歪んだ空間を見るような感覚で見ると楽しいかな、と思います。平面で見る感覚で見ても、よくわからないかもしれません。これは歪んでいるんだ、歪んだものを見ているんだ、というくらいの感覚で見ると、ちょうどいいかもしれません。(将棋世界2008年3月号) 本当のスペシャリストから見ると、厳密には指しこなせていないかもしれないので、いろんな手をやっているだけだと思います。ただし”一回はやってみる”という姿勢は大事にしています。それで手ごたえがあれば続けるし、そうでなければやめる。(将棋世界2008年3月号) 「振り飛車は角道を止めるところから始まる」という「常識中の常識」「最初に覚える常識」すら、いまではかなり疑わしいといわざるをえない状況を迎えているのです。これは数学において、「公理」を疑うのに近いようなことかもしれません。違う公理からは、まったく違う数学が生まれます。(中略) 長年見慣れてきたのとはまったく違う将棋、別の将棋が始まっているのかもしれないのですから。(将棋世界2008年4月号) 「あとまわしにできる手はあとまわしにする」――これは矢倉で生まれ、他の線型にもひろがっていった重要な考え方でした。(中略) 実は振り飛車という戦法にとって、「角道を止める手こそあとまわしにすべき手だった」という可能性さえ否定できないのではないか! つまり相手が居尾車穴熊にしないとわかるまでは、角道を止める手を遅らせる、というわけです。(将棋世界2008年4月号) |
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